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〈メディア激変48〉伝える、海の向こうで―3 バンコク騒乱、情報戦

2010年6月11日17時31分

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写真反政府集会の舞台裏から情報をリアルタイム発信するミラさん(左から2人目)ら=5月11日、バンコク、藤谷写す

 五つ星ホテルや高級ショッピングモールが立ち並ぶタイの首都バンコク中心部の繁華街ラチャプラソン地区。交差点に設けられた野外ステージでは、5月に入っても、シンボルカラーの赤いシャツを着たタクシン元首相派「反独裁民主同盟(UDD)」による反政府集会が続いていた。ステージ裏には、パソコンに向かうミラ・サンガウォンさん(38)の姿があった。

 「今、リーダーのウィーラ氏がステージで演説中。政府の二枚舌を批判している」「(別のリーダーの)ジャトゥポン氏は遅い昼食をとっている。メニューは焼きめし。おいしそうだ」

 集会の始まった3月14日以来、ミラさんは仲間とともに、見たまま、聞いたままをネットの交流サービス「フェースブック」やツイッターに投稿していた。「会場に来られない支持者に集会の雰囲気を感じてもらえるよう、臨場感にこだわっています」

 ミラさんは1月に結成されたUDDのサイバーチームの一員。暑さが収まり、人が大勢集まり始める夕方に会場入りし、未明までタイ語と英語で情報を書き込み、動画をアップする。

 タクシン氏を首相の座から追いやった2006年のクーデター以降、タクシン氏寄りのメディアは規制を受ける一方、タイ国内の主要メディアは「反タクシン」の論調が多数を占め、タクシン氏のインタビューなどが掲載されることはまれになった。

 このため、タクシン氏やUDDが目をつけたのは、政府の規制が及びにくい衛星放送とネットだった。衛星放送でタクシン氏が逃亡先から直接語りかけ、フェースブックでは双方向性を生かし、支持者からの質問に答える。

 タクシン氏は昨年7月にツイッターも始めた。当初6500人だったフォロワーは、1年もたたないうちに10万人を超えた。発信は2千回に迫り、バンコク・ポスト紙は「政治家として、最もツイッターを効果的に利用している」と見出しでうたった。

 当初は容認だった政府も影響力に気づき、統制に動く。衛星放送を相次ぎ遮断。フェースブックやツイッターへのアクセスもできなくなった。だがUDDは新たなアカウントから発信を再開。ネット上の「いたちごっこ」が続いた。

 政府や反タクシン派も対抗する。アピシット首相がツイッターで発信し、反タクシン派はフェースブックを通じて集会を計画した。

 5月19日の強制排除で、反政府集会は終わった。だがタクシン氏は「つぶやき」続け、反タクシン派は批判を繰り返す。ネット上では、今も戦いが続いている。(バンコク=藤谷健)

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