現在位置:
  1. asahi.com
  2. ニュース
  3. 特集
  4. メディア激変
  5. 記事

〈メディア激変153〉米メディアの模索―13 夢から誕生、国際報道メディア

2010年11月19日17時38分

印刷

ソーシャルブックマーク このエントリをはてなブックマークに追加 Yahoo!ブックマークに登録 このエントリをdel.icio.usに登録 このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをBuzzurlに登録

写真ボストンのグローバル・ポストで09年1月、記事について議論するバルボーニさん(右)とセノットさん=AP

 経営難に伴い、海外の拠点や記者を引き揚げる米メディア。その「空白」を埋めるネットメディアが昨年1月、ボストンで生まれた。国際報道に特化したグローバル・ポストだ。

 始まりは、米東部のテレビ人、フィリップ・バルボーニさん(67)の四十数年来の夢だ。

 ベトナム戦争の前線が、原点だった。1964年に米軍入りし、志願して情報部員として約10カ月間、戦地で過ごす。「米国の外で何が起きているか、深く考えるようになった」

 67年にバージニアの地方紙の記者になった後も海外への思いは続き、泥沼化するベトナムを取材したい、とタイム誌やAP通信、UPI通信の面接を受けた。海外行きを約束したUPIに移ったが、辞令はボストン支局員。あきらめきれず70年、コロンビア大で国際報道を学び、海外報道サービスの起業を考え始めた。しかし「事業経験も資金も乏しく、子供の誕生も控えて現実的な仕事を考えた」ため、ボストンのテレビ局に入る。92年にはニューイングランド地方をエリアとするケーブルテレビを創業した。

 だが、社長として事業を軌道に乗せるうち、海外報道サービスを興す夢がよみがえる。折しも米メディアは、自前の国際報道を縮小しつつあった。「時がきた」。2006年春に起業計画を練り始め、出資者集めに奔走。ボストン・グローブ紙で中東支局長などを歴任し、約15カ国で紛争地取材を経験したチャールズ・セノットさんに声をかけた。海外支局をすべて閉めた同紙を、セノットさんは08年春に退職。ケーブルテレビを去ったバルボーニさんとともに09年1月、グローバル・ポストを立ち上げた。

 編集主幹となったセノットさんが米国の外で取材する米国人や現地のフリー記者に声をかけ、固定給つきの「特派員」として約60人と契約。他にも約60人と不定期で契約する。記事や写真、動画は、サイトだけでなく、提携するCBSやロイター通信、海外支局のないニューヨーク・デイリーニューズ紙などにも出す。サイトの記事は無料だが、月2.95ドル(約240円)の会員に、電話やネットのチャットで記者とやり取りする場や独自記事も提供している。

 NPO化は考えなかった。「NPOと言っても資金集めからは逃れられず、財団や慈善家の数も十分でない。長期的に収益性のある事業にすることが成功につながる」と、最高経営責任者(CEO)を務めるバルボーニさんは言う。

 「ネットはジャーナリズムを改革できる場」とバルボーニさん。サイト訪問者数は伸び、9月は約100万人。売上高は「今年は昨年の3倍、来年は2倍以上」と見込む。(藤えりか)

    ◇

グローバル・ポスト http://www.globalpost.com/

PR情報
検索フォーム


朝日新聞購読のご案内
新聞購読のご案内事業・サービス紹介