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〈メディア激変155〉米メディアの模索―15 イラク報道で受けた反発

2010年11月19日17時42分

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写真イラク・ファルージャで2004年11月、米軍を取材するケビン・サイツさん(右)=本人撮影

 2004年11月、米軍の攻撃が続くイラク中部ファルージャ。米NBCと契約し、米軍に従軍取材していたフリー記者のケビン・サイツさん(48)は、イスラム教の礼拝所モスクで、ひざまずき、ビデオカメラを回していた。

 血だらけのじゅうたんに、コンクリートの破片。目の前には、息も絶え絶えで動けない男性ら。「おい、まだ息をしてるぞ」「死んだふりをしてる」。そう言った米海兵隊員らに、サイツさんはカメラを向けた。海兵隊員は負傷して動かない男性の頭に向け、引き金を引いた。

 「(捕虜の扱いを定めた)ジュネーブ条約違反では? でもこれを流したら(イラクの)米民間人・軍が報復に遭うのでは」。サイツさんは混乱しつつもNBCに動画を送った。NBCは看板報道番組「ナイトリーニュース」で放送した。サイツさんのブログのアドレスつきで。

 翌日、サイツさんがパソコンを開くと、600通以上のメールが届いていた。大半は、サイツさんを殺すと示唆する脅しや憎悪にあふれていた。当時の米世論は、イラク戦争への支持一色。米国人を危険にさらしかねない映像を撮ったサイツさんに、その後も日に約300通のメールが届いた。保守系メディアも批判を展開。右派サイトは「反戦活動家」と書いた。NBCは、次第に「フリー記者のしたこと」と距離を置くようになった、とサイツさんは振り返る。

 サイツさんは1999年まで、NBCのプロデューサーだった。それだけに、フリーの悲哀を感じざるを得なかったようだ。

 サイツさんは、ブログに公開書簡を書いた。「僕の目とカメラの前で殺された彼の死について報じることは、僕の責任だ」

 すると、サイツさんに共鳴した世界の人々の間で話題になり、英ガーディアン紙などが引用し、ブログの閲覧者は200万人以上に。米国の大学などから、報道を表彰されるに至った。

 NBCとはしかし、帰国後の仕事をめぐって折り合わなかった。ロサンゼルスの自宅に戻り、悩んでいたサイツさんは、友人から、ABCからヤフーに転じたロイド・ブラウンさんを紹介される。ヤフーに映像や記事を載せ、読者と議論する専用サイトを設けてはどうか――。

 迷いはあった。「ネットは気まぐれだし、ニュース・ビジネスも確立されていない」。それに、このままテレビの仕事を捨てていいのか?

 だが、ネットのおかげでモスク銃撃報道への意見を表せたのも事実だ。「大放送網では、複雑な話をニュアンスをもって伝えられない」

 サイツさんは05年、ヤフーが初めて独自に放つニュースの記者になる。(藤えりか)

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