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〈メディア激変167〉「官」の取材現場―4 「脱・記者クラブ」宣言、その後

2010年12月10日18時52分

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写真記者に交じって質問する鈴木恵美子さん(中央奥)=3日午後、長野県庁の会見場

 11月29日、長野県庁3階にある「会見場」。2001年2月の田中康夫元知事(54)の「脱・ダム」宣言を受けて中止となり、村井仁前知事(73)のもとで再び動き出した県営浅川ダム建設について、今年9月に就任した阿部守一知事(49)が「継続を認める」と表明した。

 会見に集まった記者とカメラマンは約50人。質疑応答では長野市在住の主婦鈴木恵美子さん(48)も手を挙げた。「知事は(再検証作業の)検討過程を明らかにされなかった。発表を控えた理由を教えてください」。知事は「今後はブラックボックスで作業をやっていると不信感を持たれないようにしたい」と答えた。

 田中元知事が「脱・記者クラブ」を宣言したのは01年5月。クラブへの「便宜供与」が光熱費など年間1500万円に及ぶと述べ、「(クラブは)時として排他的権益集団と化す可能性を拭(ぬぐ)い切れぬ」として記者室をなくした。同じ場が誰でも出入りできる「表現道場」となり、会見の主催者はクラブから県に変わった。

 表現道場は会見場と名を変え、阿部県政となった今も県民に開かれている。会見には以前の県政記者クラブとは別扱いだった地域紙の記者も一緒に参加する。当時、朝日新聞など16社が加盟していた同クラブは「記者会見の窓口や調整を県が行えば、報道の自由や県民の意見表明の機会が制約される恐れがある」と抗議した。しかし、これまで、県が不都合な会見を開かせないなどの問題が表面化したことはない。

 かつてはインターネットで県政情報を発信する県民ら10人ほどが出席していたというが、今は鈴木さん以外の県民個人が参加することはめったにない。鈴木さんは05年ごろから毎回のように知事会見に参加し、発言してきた。引き出した答えをメディアが報じたこともある。「誰も来ないなら、公開しないということになりかねない。参加する権利が与えられている以上、それに応える努力をしなければ」と語る。

 村井前知事は退任会見で鈴木さんとのやり取りに言及した。「職業的なメディアでない方との応答はあまり経験しておりませんでしたから、どういう切り口でこられるのか、どうお答えしたらいいのか、悩むところがあった」。会見の開放は県側にも緊張感をもたらしている。

 では「脱・記者クラブ」は良かったのか。県幹部は語る。「県庁に拠点がなくなり、記者が来ることが少なくなった。日常のコミュニケーションが減ったのは、正確な記事を書いてほしい我々にとってマイナスかも知れません」。村井前知事は記者との懇親の場を求めたが、異論もあって実現しなかった。(二階堂友紀)

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