がん治療で休養し、映画「母と暮せば」の音楽で本格復帰した坂本龍一さん。映画にちなみ、母親像について聞きました。

動画:母との思い出を語る坂本龍一さん

坂本さんが抱く「母」のイメージは。

最初に思い浮かぶのは、自分の母です。吉永小百合さんが演じる映画の母より、僕の母はもっとバタくさかったかな。バタくさいって言葉も死語ですけど。

 確か終戦の時に18歳ぐらいで、1カ月後には男子学生とキャンプに行っていた。ものすごく活動的。いわゆる戦後民主主義、非常にハッピーな時代を満喫した人ですね。

帽子のデザイナーをされていたとか。

帽子のデザインを習い始めたのが、僕が生まれて1年経ってからなんです。母親として育児が大変になっていく時期、一番忙しい時じゃないですか。多分、「育児だけだと嫌になっちゃうわ」「自分のことをやりたい!」みたいな感じだったのかな。

 だから僕も、小さい時はほったらかしでした。夜まで帰ってこないんですよ。帽子の仕事だか、遊んでるんだか、わかんない(笑)。今思うと、随分遊んでた気がするんですけど。小学校低学年の頃から、自分でご飯を炊いて、つくり置きのカレーを温めて食べたりしてましたね。

お母様のカレーが大好きだったと聞きました。

そうですね。いまだに、何が一番好きかって聞かれたら、母のカレーライスですね。でもそれは、つくり置きを温めて、自分でぶっかけて食べてたっていう、そういうカレーですよ。

母親像としては、吉永小百合さんと正反対ですね。

まったく違うと言ってもいいかもしれないですね(笑)。

すると、どこから作品のイメージをたぐり寄せてきたのですか。

まあ、音楽は映像を見ながらつくってますからね。ウチの母はいわゆる日本的な母像には全然合わない人で、いい例にはならないです。

とはいえ、母子の関係性など、作品に投影されている部分も少なからずあるのでは。

あんまりジメジメしたのは僕も嫌だし、向こうも嫌いだし。でも年取ってくると、「あれ? 今までイメージしてきた母じゃないな」ということも出てくるわけですよ。だんだん気も弱くなってくるし。そうすると、結構いじめたりしてね。「なんだよ、弱くなってんじゃん!」みたいな感じで(笑)。

 もうちょっといたわればよかったと今は反省してますけど、時すでに遅しで(※数年前に他界)。やっぱり昔の、子どもの頃の自分が知っている母のイメージが強いんで、そこから違っちゃうと、「そんなに気弱じゃなかったでしょ」「もっと頑張れ!」っていうね。人生楽しんで、かなりラテン度の強い人だったんで。

他方、編集者をしていたお父様は、「雷おやじ」のような方だったそうですね。

おやじは九州男児で兵隊にも行っているから、いわゆる怖い日本人のお父さん的な感じでしたね。男尊女卑で封建的で。文学の編集者なんかしてたから、キチンキチンと帰ってくるサラリーマンのお父さんとは少し違っていた。

 一方で文学青年のような部分もありました。学生時代は本が好きで好きで、食費を削って本を買っていたら、肺炎になっちゃったとかね。青白き文学青年プラス九州男児だから、本当に始末が悪い。メランコリックだし。

 かたや母は「戦後民主主義万歳!」みたいなラテン度の高い女性ですから、まるで正反対。面白い組み合わせですよね。

お母様からの教えで、今も大切にされていることはありますか。

うーん、そういう大げさなことは好きじゃない人だったから……。でもね、僕がまだすごく小さい時、よく映画に連れて行ってくれたんですよ。

 僕が多分まだ4、5歳の頃、フェリーニか何か、モノクロのイタリア映画を見た記憶があります。混んでる映画館でだっこされながら。その主題歌が、ものすごく耳にこびりつていて。そういう影響は結構強いですね。

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