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ハイチ、政府機能ストップ 一般市民が素手で復旧作業

2010年1月16日23時28分

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写真地震でケガした女性を病院に運ぶ人々=ロイター

 ハイチを襲った大地震は、首都の官公庁や警察署をなぎ倒し、国家そのものを崩壊させた。死者20万人という情報も出る中で、政府の機能停止が、救援や支援の遅れに拍車をかけている。被災地が無法地帯に陥る最悪の事態はまだ避けられているが、復興に手間取るのは確実。「いずれ不満が爆発する」という心配も聞かれる。

 生存率が急激に下がるとされる発生から72時間以上が経過した15日。記者は首都ポルトープランスの市内各地を回ったが、ショベルカーなどの重機を見かけたのは、わずかに3カ所。がれきの山と格闘しているのは、みな一般市民で、素手や、つるはしが頼りの細々とした作業だ。

 諸外国の救援チームも次々活動を始めているが、ハイチ政府の人間はほとんど見かけない。首都中心部から少し離れた場所に、壁が崩れて天井が落ちた学校の校舎があった。がれきのすき間から、女性とおぼしき遺体がのぞいていたが、だれも何の作業もしていなかった。

 今回の地震では、大統領官邸をはじめ政府庁舎が軒並み倒壊、ハイチ政府の機能は無も同然になった。首都北部デルマでは、2階建ての警察署庁舎が崩れ落ちた。署長は生き延びたが、30人の警官が死亡したという。

 生存者の捜索や救援と、被災者支援は、事実上、国際社会だけが頼みの綱だ。だが、次々ハイチ入りする各国の救援部隊も、首都全域に及ぶ現場すべてに手が回らない。

 米国の救援部隊と共に現地入りした米国際開発局(USAID)災害支援チームのレベッカ・グスタフソンさんは「ポルトープランス大学など、被害が大きい地域に活動の焦点を絞っている」と説明した。

 1804年に独立国になったハイチは、その後30回を超すクーデターを繰り返した歴史があり、もともと政府機能が極めて弱い。6年前から国連の平和維持活動(PKO)部隊がずっと駐留。そのうえ、不安定な政情下で農業以外にめぼしい産業が育たず、1人あたり国民総所得は07年でわずか560ドル(約5万円)の最貧国だ。

 それでも、PKO駐留が始まってからは、ハイチの政情も比較的安定した状態が続いていた。99年からハイチ保健省の支援を手がけて頻繁に現地入りし、今回も地震当日にハイチ入りして被害に遭ったカナダの医療コンサルタント、ユーリ・ゼレンスキさんは「地震前も政府機能は危機的状態だったとはいえ、以前に比べればずいぶん進歩していたのに」と語った。ようやく離陸しようとしていた統治能力は、再び地上にたたき落とされた。

 今回の地震は夕刻の終業時刻直前に起きたため、職場や学校で命を落とした人も多い。会社員、ベルジョン・サンドロさん(32)は「未来を担う人材が失われ、国の将来が奪われた」となげいた。(ポルトープランス=堀内隆、望月洋嗣)

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