イチロー 4257安打イチロー 4257安打

 大リーグ・マーリンズのイチロー外野手(42)=本名・鈴木一朗=は15日(日本時間16日)、米カリフォルニア州サンディエゴのパドレス戦で、日米通算の安打数を4257本(日本1278本、米国2979本)とし、参考記録ながら、ピート・ローズ(主にレッズ)の持つ大リーグ歴代最多4256安打を抜いた。イチローは今季の残り試合で、日本選手初、大リーグで過去29人しか達成していないメジャー通算3千安打を目指す。

まだ見ぬ数字へ 終わりなき旅

 数々の打撃の金字塔を打ち立ててきたイチローは、自らの安打を「作品」と表現することがある。

 42歳になってもなお、修行僧のように自分を追い込む。日々の準備は、時計が埋め込まれているかのような同じリズムで進む。そうした努力の結晶が、形となって表れるのが安打だからだ。「小さいことを重ねることが、とんでもないところに行くただ一つの道」

 その数が多いほど力になる。「ヒットはいつもうれしい。2本でも1本でもそうだけど、前に進んでいる感じがいい」。だからこそ、数字にこだわりがある。

2016年6月15日(日本時間16日)のパドレス戦、九回表マーリンズ2死一塁、日米通算で、歴代最多安打記録となる4257本目の安打を放ったイチローは二塁近辺で脱帽=杉本康弘撮影

1991

11月

ドラフト4位でオリックスに入団

1992

7月12日

ダイエー(現ソフトバンク)戦で木村恵二投手からプロ初安打

1994

9月20日

ロッテ戦の六回、右越え二塁打を放ち史上初(当時)となる年間200安打を達成

10月9日

年間210安打でシーズンを終了。首位打者、最多安打などのタイトルも獲得

1995

9月19日

オリックスが初優勝

10月28日

リーグ初優勝の貢献度に加え、2年連続の首位打者、初の打点王など打撃5部門のタイトルを獲得し2年連続でMVP

1996

9月23日

地元神戸での日本ハム戦で、延長十回にイチローが優勝を決めるサヨナラ左翼線二塁打

1999

2月23日

マリナーズの春季キャンプに特別参加。憧れのケン・グリフィー外野手とキャッチボールなどをこなす

4月20日

史上最速で1千安打を達成

2000

10月16日

史上初7年連続の首位打者。獲得回数7度は張本勲と並ぶ日本タイ記録

11月18日

マリナーズと合意。大リーグ挑戦へ

2001

4月2日

大リーグデビュー戦のアスレチックス戦の七回に中前に運びメジャー初安打

10月7日

新人最多記録を塗り替える242安打を放ち、打率3割5分で首位打者。49年のジャッキー・ロビンソン以来となる首位打者と盗塁王(56)

2002

9月22日

史上7人目となる新人から2年連続の200安打をマーク

2003

9月20日

史上3人目となる新人から3季連続の通算200安打を達成。47年のジョニー・ペスキー以来、56年ぶりの快挙

2004

5月21日

タイガース戦で日米通算2千安打

8月26日

ロイヤルズ戦で大リーグ史上初の新人から4季連続の200安打

10月1日

レンジャーズ戦でジョージ・シスラーがマークした年間最多の257安打を84年ぶりに更新

10月3日

年間安打記録を262本に更新

2007

7月10日

オールスター戦で史上初のランニング本塁打を放ち、MVP

7月13日

5年総額9千万ドル(約110億円=当時)でマリナーズ残留

2008

7月29日

レンジャーズ戦で日米通算3千安打

9月17日

ロイヤルズ戦でウィリー・キーラーと並ぶ大リーグ記録の8年連続200安打

2009

4月16日

エンゼルス戦で日米通算3086安打。張本勲のプロ野球最多記録を抜いてトップに

9月6日

アスレチックス戦で大リーグ通算2千安打

9月13日

レンジャーズ戦で大リーグ史上初となる9年連続200安打

2010

9月23日

ブルージェイズ戦で10年連続200安打

2012

7月23日

2投手との交換トレードでヤンキースに移籍

2013

8月21日

ブルージェイズ戦で左前安打を放ち日米4千安打

2015

1月27日

マーリンズが1年契約を結んだと発表。背番号はおなじみの51番に

10月4日

投手として大リーグ初登板し1回を1失点。最速は143キロ

イチロー=AFP時事、ローズ=AP

 大リーグ1年目の2001年、自らに課した数字は「年間200安打以上」だった。当時、日本選手で初の野手。大リーグでは打率3割を打つことは難しいともささやかれ、米メディアからの屈辱的な質問を、イチローは忘れていない。いわく、「君は大リーグの投手を打てるのか」と――

 この時代は、筋肉増強剤使用などの疑惑も蔓延(まんえん)していたが、バリー・ボンズが大リーグ最多の年間73本塁打を記録するなど、パワーがもてはやされた。そこに、日本から来た身長180センチの細身の打者が、魔法のように安打を量産した。

イチロー 通算4257安打までの歩み

  • シーズン210安打94年10月9日(20歳)

    「花まるです。『たいへんよくできました』ですね」

  • 1000安打1999年4月20日(25歳)

    ※史上最速

  • シーズン242安打2001年10月7日(27歳)

    「自分の力がどれだけあるか見定めるシーズンだった。1試合1試合、ベストをつくすのが目標で無我夢中だった」

  • 2000安打2004年5月21日(30歳)

    「(日本での記録を米国が称賛するかは)百%そうとは言い切れない。もっとこっちで実績を積み上げたい」

  • シーズン262安打2004年10月3日(30歳)

    「体のでかいことにはそんなに意味はない。ぼくは大リーグでは一番ちっちゃな部類に入る。でもこういう記録をつくることができた」※大リーグ記録257安打更新時のコメント

  • 3000安打2008年7月29日(34歳)

  • 3086安打2009年4月16日(35歳)

    「張本さんが見ていた景色がどんなものか、頂に登ったときの景色がどんなものかを感じたかった」

  • 4000安打2013年8月21日(39歳)

    ヤンキースの同僚の祝福に「ただただ感激しました」

  • 日米通算 4257安打達成

ピート・ローズ 通算安打記録

  • 1000安打1968年6月26日(27歳)

  • 2000安打1973年6月19日(32歳)

  • 3000安打1978年5月5日(37歳)

  • 4000安打1984年4月13日(42歳)

  • 4256安打1986年8月14日(45歳)

    その年のシーズン終了後に引退

 「真ん中のやや下」など、ボールのどの場所にバットを当てて安打したのかを答えられる打撃技術。そして、「走りながら打っている」と称賛される足の速さで、ボテボテのゴロでも内野安打をもぎ取った。そのため相手投手はバットに当てさせまいと力み、甘い球が必然と多くもなる。自らの武器を磨き続け、01年から10年まで大リーグ史上初の「10年連続年間200安打以上」をマークした。

01

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01:打席で、投手方向にバットを立てて構える。このルーティンで集中力を高め、プロデビュー以来、イチローは安打を量産してきた=AP

02:日米通算4千安打を達成し、観客の祝福に、塁上でヘルメットをとってあいさつするイチロー選手=矢木隆晴撮影

 大リーグ年間最多262安打を放った04年、こんな秘話がある。球団首脳は安打よりも、1番打者として四球などを選んで出塁率のアップを求め、指示した。

 持ち味の積極性を抑え、チームのために取り組んだイチローだったが、開幕するとうまくいかない。打撃の感覚は狂い、ストレスになった。当時マリナーズの打撃コーチで、現ツインズ監督のポール・モリターの進言で、10日ほどで白紙に戻すと結果は262安打。3球以内での安打は172本(約66%)も打った。モリターも「四球を選ぶよりも、お釣りが出るほど埋め合わせたよ」と笑う。

 ピート・ローズの大リーグ最多4256安打を、日米通算で超えたが、次の目標はある。日本選手で初、100年を超す大リーグでも過去29人しかいない通算3千安打だ。この数字の意識について、「なかったらここでやっていられない」。歴史に残る大打者になってもなお、自分を高めるための旅は終わらない。(遠田寛生)

グラフィック:
上村伸也
制作:
佐久間盛大

2016年6月13日のパドレス戦の試合前、グラウンドに姿を現すマーリンズ・イチロー=杉本康弘撮影