イラクの人質事件で、3人の家族たちが東京での活動拠点にしていたのが、千代田区永田町にある北海道東京事務所だった。この1週間、日ごろは閑静なビルに全国の注目が集まった。
●解放、「疲れ消えた」
15日午後8時43分、事務所4階。「3人解放」の一報に家族の控室から歓声と悲鳴があがった。
「本当であってほしい。違っていたら非情すぎる」。家族の世話をしてきた道職員たちも、家族とともに祈り続けた。待つこと約20分。外務省から正式に「解放」の連絡があった。疲れが吹き飛んだ瞬間だった。
鉄筋コンクリート地上4階、地下2階建て約1870平方メートルの東京事務所は、1963年に建てられた。国会や首相官邸、自民党本部などが集まる一等地にある。
多くの自治体が事務所を置く「都道府県会館」の1県あたりの広さと比べ、7倍以上の余裕がある。道庁の出先機関として、中央省庁との連絡や企業誘致、観光PRの役割を担う。職員は32人。これまでは人の出入りも少なかった。
そんな事務所が、高遠菜穂子さんと今井紀明さんの家族が北海道から上京した9日以降、一変した。事務所では札幌の本庁から応援を7人呼び、24時間態勢をとった。
郡山総一郎さんの家族が住む宮崎県も9日、宮崎県東京事務所長と職員1人が、北海道東京事務所に駆けつけた。
宮崎県の職員は1日3交代で北海道の事務所に3、4人が詰めた。郡山さんの家族に女性職員らが付き、宮崎の言葉で地元の話題を話した。
しかし、北海道や宮崎県が、家族をめぐるすべての活動を支援したわけではない。
13日夜に支援者たちがJR渋谷駅前で集めたメッセージを、事務所内で家族に手渡そうとした。メッセージには「いのちはたった一つだけ」「自衛隊が撤退するのがイラクの平和」などと書いてあった。
政治的な場に使われるとして、事務所側は「施設内での受け渡しはやめてほしい」と家族側に要請し、事務所内での受け渡しはなかった。
北海道も宮崎県も、事件の第一報の直後、知事が「ご家族をできる限り支えるように」と異例の指示を出していた。
東京事務所の職員らは当初、「聞いたこともない仕事だ」と驚いたが、打ち合わせをする暇もなく対応に奔走してきた。
この間、道庁や県庁には「よくやっている」「がんばってほしい」と熱心な姿勢を評価する声が寄せられた。
●仕事、道民のため 「特定の人に便宜」批判も
一方で冷ややかな意見や批判もあった。「なぜ事務所を使わせるのか」「特定の人への便宜供与はおかしい」という電話があった。
「道民や県民のための仕事なのに、なぜそんなことを言うのか」。ある道職員はこんな気持ちをのみ込んだ。
政治家からも疑問を呈する声が出された。
麻生総務相は13日の会見で「イラクの話を北海道東京事務所でやってる。不思議と思わない?」と不満げに話した。
家族への批判や中傷が続く中、事務所の関係者らは「自分たちがもっと支えなくては」と意を強くしたという。家族たちと交わす言葉に励ましが増えていった。
解放後、15日深夜の記者会見。謝罪と喜びの声が相次ぐ中、家族の支援者の一人が「右も左もわからない中、北海道東京事務所の方々の協力なしにはここまでこられなかった」と感謝を述べた。
聞いていた職員は「その一言だけで十分。道民である家族の方々にも喜んでもらえた。やりがいがあった仕事だった」と話した。
(04/17 12:11)
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