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潜り込む 偽装結婚は「シロ」、子供の認知も悪用――第7部〈犯罪底流〉

2009年10月19日16時39分

写真東京・新橋、午前3時前。通りがかりの男性に声をかける女性たち=9月、関田航撮影

 東京のJR山手線沿線にあるラーメン店で、女性従業員が男性店長に話しかけた。2人とも20歳代の中国人だ。「いとこが日本に来たがっている。その子と結婚してくれませんか」。うまくいけば320万円払うという。

 偽装結婚の誘いだ。店長は以前にも別の中国人から持ちかけられたことがある。「報酬は相場通り。悪い話じゃない」。乗ることにした。

 店長は11歳の時、コックだった父に連れられて遼寧省から来日した。近く永住資格を取る自分と「結婚」すれば、相手は出入国管理法上の「日本人配偶者」と同様の扱いを受ける。職種や時間の制限なく日本で働けるうえ、日本国籍取得の道も開ける。

 「黒不黒、白不白(黒が黒、白が白とは限らない)。本当の結婚でも結納金というカネが動くでしょ」。虚偽の婚姻届を役所に出す偽装結婚は、公正証書原本不実記載などに問われる犯罪だが、店長の認識は違う。「誰にも迷惑をかけないからシロだ」

 偽装結婚の仲介は長く日中のブローカー組織が担ってきた。だが日本にいる中国人のネットワーク拡大に伴い、自前の人脈で十分可能になった。在日華人事情に詳しいアジア太平洋・国際行政書士事務所の岩井紀恵さんは「組織の介在がない分、罪悪感が薄れている」とみる。

 今年5月、複数の偽装事件のブローカーとして起訴された内モンゴル自治区出身の女(35)に対する判決公判が、東京地裁であった。懲役1年の実刑に、女はその場で崩れ落ちた。

 後日、この女に東京拘置所で会った。「自分はそんなに重い罪を犯したのですか」。判決を受け入れられず、そう自問していた。

 大学教授の両親、実業家の兄のいる家庭に育った。00年に来日し、東京学芸大の大学院で音楽教育を学んだ。当時の指導教授は「典型的なお嬢様。ブローカーという言葉と結び付かない」と戸惑う。

 「周りには本当の夫婦の方が少なく、偽装は普通のことだった」と女は振り返る。知人宅で出会った50歳代の日本人の男に、当時同居していた中国人との偽装結婚を頼むと、簡単に応じてくれた。手続きに必要な知識はネットや行政書士から簡単に得られた。人に頼られ、報酬を受け取る心地よさに「何でもできる」と得意になった。

 逮捕から約1年後、女はようやく「日本人の安心感を奪う行為だった」と口にし始めた。今月7日の控訴審判決は反省を認め、懲役1年6カ月に5年の執行猶予をつけた。

 女との面会に通った知人の華人男性が嘆く。「中国では家族や知人のためなら多少の無理やごまかしをしてでも力になる。その価値観が日本では通じないと思い至らないから、罪を背負ってしまう」

 東京東部のスナックで働くミカさん(38)は、上海でレストランを営む夫と離婚後、息子を妹に預けて来日した。上海の私立中学に通う息子を米国に留学させたい。「豊かになった上海でも、離婚した30過ぎの女がその費用を稼げる仕事はそうはない」。日本に住む親類が勧めた偽装結婚に、迷いはなかった。

 相手の40歳代の日本人に毎月5万円を渡す。男の住民税など3万円も、滞納による偽装発覚をおそれて負担する。中国への毎月17万円の仕送りは、食費を1万円に抑え、髪は自分で切ってひねり出す。「子供のためにまじめに働けば許される」と、自分に言い聞かせている。

■母として定住、代償は100万円

 偽装は結婚にとどまらない。近年、「認知」を悪用して子供に日本国籍を取らせ、親の自分も日本に住み続ける手口が出てきた。

 昨年9月、出産を間近に控えた黒竜江省出身の女(29)が都内の区役所を訪ねた。関係者によると経緯はこうだ。

 偽装結婚していた日本人と離婚し、ビザの期限切れが迫っていた。病身の父の治療費を稼ぐために日本に残りたい。おなかの子の父である中国人は行方知れずだ。そんな時、ホテル清掃のパート仲間の中国人から「認知という手がある」と教わった。

 中国語のできる区職員が丁寧に説明してくれた。婚姻関係のない男女の間に生まれた子に法律上の親子関係を与えるのが認知で、日本人の男性が認知すれば、子は日本国籍を得られる。DNA型鑑定もないと知った。同郷の知人に多重債務を抱える日本人の男(45)を紹介され、報酬100万円の約束で認知させた。11月に生まれた女児は日本人となり、自分は母として定住者資格を得た。(林望)

■売春「娘の学費稼ぎ」

 日本人配偶者の資格を得た中国人女性の中には、夜の街で客を引く者もいる。記者が各地を歩くと、その数は想像を超えていた。

 北京出身の由美さん(38)は、東京郊外のJR駅前の繁華街に立っていた。毎日午後8時から翌朝4時半まで、売春の相手を探している。客1人につき店から5千円をもらう。日に10人引っ張らないと暮らせないという。

 「秋田のじいちゃんと結婚してる。もちろん偽装よ。日本に長くいて頑張らないと」と悪びれた様子はない。別れた中国人の男との間にもうけた高校生の娘を3年前、北京から呼び寄せた。娘は日本の学校教師になるため、関東の国立大学への入学を望んでいる。その費用を稼ぎたい。

 東京の新宿・歌舞伎町では、上海出身という女性が「気持ちいいことしよう」と近寄ってきた。日本人の夫の帰宅が毎晩遅く、近所に中国人がいないのでさみしいという。「ここならいっぱい中国人いるから楽しい」

 東京・新橋の飲食街にも出没し始めた。夜10時ごろから、辻々に数メートル間隔で立つ女性たちが「マッサージどう?」と酔客に声を掛ける。応じると近くのエステ店などに連れ込み、3千〜1万5千円の料金で自己流のマッサージを施し、売春もする。18日未明にも、四川省から来たという女性から「ゆっくりしていって」と誘われた。

 広東省から来て神奈川県に住むアキさん(26)は「とにかくお金が欲しい。ここは危ない人いないし、歌舞伎町ほど取り締まりが厳しくない」と話す。誘われるまま路地裏のビルの一室に入ると、八代亜紀の演歌が流れていた。同郷の仲間数人と借りて家賃を均等に負担し、売り上げも分けるという。カーテンで仕切った個室で、おざなりなマッサージの後に「あと1万円で特別なことできる」。断ると「お金ないなら近くのコンビニでおろそう」としつこい。

 「6万円ぼったくられた」「マッサージで首を痛めた」。新橋を管轄する警視庁愛宕署にはこんな苦情が相次ぐ。客引きを禁じた都条例違反で昨年から今年6月までに41人を検挙するなど取り締まりはしている。だが姿を消すのはその直後だけだ。

 署にはこうした女性約100人の名簿がある。出身地は吉林省や遼寧省、福建省など様々で、年齢も20歳代から40歳代まで幅広い。署幹部は「大半がニッパイ(日本人配偶者)だ。偽装結婚と思われるが、数が多くてすべてを捜査できない」とこぼす。

 今のところ新橋の女性たちの背後に犯罪組織の影は見えない。だが捜査幹部は「カネのにおいに敏感な組織が必ず乗り出してくる」と予測する。「サラリーマンのオアシス」が危ない。(編集委員・緒方健二)

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 〈日本人配偶者〉 出入国管理法が定める在留資格のひとつで、日本人と結婚した外国人らが当てはまる。正式には「日本人の配偶者等」。1回に認められる在留期間は1年または3年。仕事の種類や労働時間に制限がない。永住権や日本国籍を取る条件も緩くなるとされる。

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 在日華人の犯罪は、今後もこのシリーズで掘り下げる。

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