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ことば談話室

球春っていつ? 1

大西 秀明

 プロ野球が開幕して約1カ月半。好きな球団の勝敗に一喜一憂されている読者の方も多いでしょう。さて、朝日新聞の紙面では「球春、大リーグにも/キャンプに日本勢15人」(2010年2月18日付)、「球春 到来/12球団キャンプイン」(2007年2月2日付)と、まだまだ寒い季節から野球のニュースを取り上げています。そんな中でよく見る「球春」ということば。ふつうに使っているようでも、国語辞典で掲載しているのは少数派なんです。筆者の携帯電話で「きゅうしゅん」と打ち変換しても、出てくる漢字語は「急峻」のみで「球春」は出てきません。意外と思いませんか?

◇「携帯電話で出ない」多数

 みなさんも一度、お手元の携帯電話で「きゅうしゅん」と打って変換してみてください。私の同僚8人に試してもらったところ、「球春」が出てきた人は一人もいませんでした。パソコンの場合、主要な仮名漢字変換ソフトで見ると、「Microsoft Office IME 2007」では出ますが、「ATOK 2010」では出ません。

 国語辞典ではどうでしょう。手元にある19種類(9社)の辞書で調べたところ、掲載されていたのは以下の4種類のみでした。

 辞 書 発行時期
(版)
説 明
三省堂国語辞典
(三省堂)
2008年1月
(第6版)
野球が始まる季節。[プロ野球の]二月のキャンプ開始や、三月のオープン戦のころ。
大辞林
(三省堂)
2006年10月
(第3版)
野球シーズンが開幕する春先のころ。
新選国語辞典
(小学館)
2002年1月
(第8版)
野球シーズンの始まる春先の季節。
大辞泉
(小学館)
1998年11月
(増補・新装版)
プロ野球が、キャンプやオープン戦を手始めに開始される春の時期。

 これらの辞書のうち、三省堂国語辞典はさらに初版~第5版でもチェックしてみました。すると、1960年12月発行の初版には「球春」の記述がなく、74年1月発行の第2版以降では載っていました。掲載すべきことばとして、第2版で新たにリストアップされたということが分かります。三省堂国語辞典は新語をいち早く採録することで知られています。三省堂出版局辞書出版部の奥川健太郎さんによると、当時の編集主幹、見坊豪紀さんが新聞や雑誌、テレビ番組など、あらゆるメディアでの使用例をチェックしていて、その用例カードがある程度蓄積されたことで、「球春」が採録されたのだそうです。

《三省堂国語辞典での説明》

   
  版    発行時期   説 明 
初版 1960年12月 (なし)
第2版 1974年1月 野球が始まる季節。一月のキャンプ開始、三月のオープン戦の時などをさす。
第3版 1982年2月
(同上)
第4版 1992年2月
野球が始まる季節。[プロ野球の]二月のキャンプ開始や、三月のオープン戦のころ。
第5版 2001年3月
(同上)
第6版 2008年1月
(同上)

 キャンプ開始時期については当初「一月」と記されていたのが、第4版からは「二月」となっています。これは、1月31日までは基本的にプロ野球の合同練習を行えないという野球協約第173条の内容や、それにまつわる報道を受けての修正なのかもしれません。

 掲載されていない辞書にも目をむけてみましょう。

 日本最大の国語辞典として知られる日本国語大辞典(小学館)には、「球春」の項目がありません。日本国語大辞典の編集に携わる佐藤宏さん(小学館コミュニケーション編集局)によると、同辞典の基本資料は古典から昭和までの文学作品・評論・記録文書が主体で、その基本資料をもとに、一般に定着しているか否かを判断しているのだそうです。限られた媒体で、限られた分野でのみ使われることばは、項目として採用しにくいようです。

◇「球」で「野球」を表現

 ここで、「球春」の「球」について注目してみました。球技は、野球以外にも無数にあります。テニス、サッカー、バレーボール、卓球、バスケットボール……。数えれば切りがありません。その中でも、「球春」ということばからイメージできるのは野球だけではないでしょうか。同様に「球宴」「球音」「球界」「球場」といったことばも、野球だけに使うと考える人が、多数派と思われます。過去、野球人気が他の球技にくらべて高かったこととも関係があるかもしれません。「球春」の場合は、野球のみに使われているのに加えて、載る媒体も新聞や雑誌が中心なので、「日本国語大辞典第2版」の掲載基準に合わなかったということになります。

 さて、この「球春」ということば。新聞紙上ではどのような形で使用されているのでしょう。新聞見出しでの使用例を見ると、かなり自由気ままに使われていることが分かります。

(つづく)

(大西 秀明)

(次回は5月13日に掲載予定です)