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ことば談話室

球春っていつ? 2

大西 秀明

 野球のシーズン到来を告げる、「球春」ということば。今回は、新聞や雑誌での使用例を探してみました。

◇朝日新聞の見出しでは1973年から

 マスメディアでいつから「球春」が使われるようになったのか正確なところは分かりませんが、1950年代の新聞・雑誌のスポーツ記事を見ると「球春」を目にすることができます。1952年3月26日付の毎日新聞夕刊には「第五回選抜高校野球大会はいよいよ四月一日から甲子園球場で球春のトビラを開く」とあり、週刊ベースボール1959年2月11日号には「阪神を皮切りにいよいよ三十四年度の球春のフタあけスプリング・キャンプがはじまった」とあります。しかし、朝日新聞の見出しでの「球春」使用が確認できたのは、1973年のプロ野球オープン戦開幕時の見出し「待ってた球春」(2月26日付朝刊スポーツ面)が最初でした。朝日新聞の編集者が、「球春」を広く使われていることばとして認知して、見出しで使用するようになったのが1973年というわけです。これが、三省堂国語辞典第2版の編集・発行時期とほぼ重なるのは興味深いところです。

1973年2月26日の朝日新聞拡大1973年2月26日付のスポーツ面

 1973年の朝日新聞の見出しで発見できたのは上の1件のみ。「球春開く/順調な上田阪急」(74年2月24日付)、「球春/あすからオープン戦」(75年2月22日付)と1年に1度ずつ使用され、76~77年は見当たりません。その後78年に2件、79年に11件(うち6件は連載「球春に鍛える/選抜高校野球」)と使用数が増え、見出しでの使用に堪えることばとして周知されていったことがうかがえます。

 実際のところ「球春」はどのくらいの頻度で使われているのでしょうか。1973年2月26日から2010年3月31日までに、朝日新聞東京本社発行の紙面の見出しで単語「球春」使用が確認できたのは、各県で配られる地域面を除いて113例ありました。面白いのは、「球春」が始まる時期は一つに決まっているのではなく、野球ジャンル(プロ野球・高校野球など)や各イベント(オープン戦・キャンプなど)の時期に合わせて何度も訪れるということです。

◇「球春」はいつごろ?

 野球ジャンル別で集計してみると、大リーグ6、日本プロ野球83、大学野球6、高校野球17、草野球1という結果でした。そこにイベントの別を加味して集計すると、プロ野球オープン戦開幕について「球春」と表現したのが42例、プロ野球のキャンプについて表現したのが24例、選抜高校野球開幕について表現したのが17例……などと分かれました。「球春」という表現は、その時々において目前に迫っている(あるいは始まった)イベントについて気ままに使用されている「便利屋さん」だということがよく分かります。春の野球シーズンが始まるということを、季節感を強調しつつ表現したい時に、たった2文字であらわすことができるので、新聞の見出しを考える編集者に重宝されているのでしょう。

1979年1月9日付のスポーツ面拡大1979年1月9日付のスポーツ面
1979年2月23日付のスポーツ面拡大1979年2月23日付のスポーツ面

 ただ、ことばは使われれば使われるほど新鮮味が失われます。80年代に「球春待つ」「球春スタンバイ」「球春はずむ」と、連載の題名として頻繁に使用され、それも含めて見出しで65件使用された「球春」は、90年代13件、2000年~2010年3月は19件、と落ち着いているようです。

 さて、他国に目を向けて気付いたことが一つ。近年、野球の国際大会での韓国の躍進ぶりが目立ちます。ある韓国紙の特派員に尋ねたところ、この「球春」ということば、日本人執筆のコラムを除くと韓国の新聞ではほとんど使われていないのだそうです。「球春」ということばの持つ独特の季節感は漢字で表記して初めて伝わってくるものであり、新聞使用文字の大半がハングルである韓国では広がりにくいのかもしれません。

 こうして日本独特の表現として定着しつつある「球春」。今年4月7日付の朝日新聞夕刊(東京本社版)では、女子野球の話題の見出しで使用されました。今春誕生した女子プロ野球の世界に飛び込んだ女性選手を描いた社会面記事。見出しは「33歳 私の球春」。野球を愛する人と同じ数の「球春」が、日本中で花開いているのでしょう。

(おわり)

(大西秀明)