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ことば談話室

ドクダミの白い花

池田 博之

 毎年、初夏から秋口にかけて、自宅の庭にはびこるドクダミと格闘している。そのせいか、アスファルトでおおわれた東京の街を歩いていても、ひとたび路地に入ると、人家の庭の隅や路肩の植え込みにはえているドクダミに、やたらと目がいってしまう。

ドクダミ拡大ドクダミ
 その名前は毒々しいが、広辞苑編者の新村出(「語源をさぐる」〈講談社文芸文庫〉)によると、ドクダミとは、江戸中期の儒学者・新井白石の著した語学書「東雅」にあるように「毒をダミする」が語源らしい。ダミとは、「矯正する」「止める」の意味。つまり、毒を直す、阻止する、草ということになる。もっともドクダミ、あるいはドクダメと呼ばれるようになったのは近世以降のことで、それまでは「シブキ」「薬(しゅうやく)」、古くは「ヒブキ」とも言われ、味がにがい、しぶいところから名づけられたのではないかとされ、薬の音から「十薬」とも書かれるようになったという。

 ドクダミは夏の季語。俳句では十薬がよく使われる。

 十薬を抜きすてし香につきあたる(中村汀女)

 うーん、実感。繁殖力旺盛で、抜いても抜いても次々と出てくる。抜いたあとの、あの独特なきついにおい。手を洗ったくらいではなかなかとれない。中国では魚草(ぎょせいそう、は「なまぐさい」の意。魚腥草とも)とも呼ばれるというのもうなずける。まして、これを食べるとなると……。そう、日本人は昔から、薬として使っただけでなく、食用としていたみたいなんです。平安時代の漢和辞書「和名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)」には、蔬菜(そさい=野菜)部の一項目に登場する。これも新村出に教えられたのだが、千年以上前に書かれた「蜻蛉日記」に、作者の藤原道綱の母が近江の石山寺で、ドクダミにユズを切ってのせ、食べたくだりがある。平安朝の貴婦人が口にしている様子を想像すると、なんだか、とても優雅な食べ物にも思えてくる。

 今でも、ドクダミ茶、ドクダミ酒として飲まれ、ドクダミの湯につかるなんていうのもある。トイレに生けると消臭に効果あり、多方面で活躍している。また、その薬効により、民間薬として広く使われてきた。十薬とされるのも、10に及ぶ様々な薬効があるためとも言われている。私自身、子どものころ、おできができたとき、母にドクダミの汁を塗ってもらった記憶がある。そして、厚生労働省が発行する日本薬局方に、ジュウヤク、十薬として載っている薬事法に定められた生薬なのだ。

 いろいろと書いていると、日陰に咲く白い小さな花に愛着がわいてきた。

 どくだみや真昼の闇に白十字(川端茅舎)

 4枚の白い花びらと見えるのは苞(ほう)で、十字の真ん中にある淡い黄色の穂状のものが花だ。そういえば、毎夏、庭の手入れをしていても、いつも一角にドクダミの白い花の一群を抜かずに残している自分に気づいた。

(池田博之)