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ことば談話室

やばいケーキはおいしい?

イチゴのティラミス拡大これってやばい?

 おいしそうなケーキをぱくりと食べて一言、「やばい!!」。一緒にいる男性は「ん? 何か変なものでも入ってたか?」と不安そうです。

 2007年に公開された映画「バブルへGO!」の一シーン。 07年から17年前の1990年にタイムスリップした広末涼子さん演じる女の子が発した言葉に対し、事情を知らない90年「在住」の男性・阿部寛さんが思わず尋ねる場面。さあ、あなたはどういう状況かわかりますか?

 男性の立場からすると食べ物を「やばい」と言われたのだから、おいしくなかったのかと思うのも無理のないところですが、この場面の広末さんは「とてもおいしくって幸せ!」に見えます。そう、「すばらしい」を表す形容詞としてこの言葉を使っているのです。

◇「かっこいい」ハイティーンの7割が使用

 「現代用語の基礎知識」(自由国民社)は2001年版から「やばい」の意味として「手がつけられないほどのめり込みそうな。魅力がありすぎる」を収録。この10年ほどで広まった使い方といえそうです。文化庁が05年に16歳以上の2179人に対して実施した国語世論調査では「『とてもすばらしい、おいしい、かっこいい』という意味で『やばい』を使う」という質問に対し18.2%が「使う」と回答。16~19歳に限ると約7割が「使う」と回答しています。これに対し、60歳以上では「使う」と回答した人は1割未満にすぎず、50代でも1割前後。圧倒的に若い世代で使われていることがわかります。「大辞林」(三省堂)は06年に改訂された第3版から「危ない」の意のほかに、若者言葉として「すごい。自身の心情が、ひどく揺さぶられている様子」と新たに意味を追加し、広く感動詞的に用いられるとしています。

◇語源に、危険な場所「厄場」説も

 そもそも「やばい」の語源は何なのでしょうか。日本国語大辞典(小学館)によると「やばい」は「法に触れたり危険であったりして具合の悪いこと」という意味で使われていた形容動詞「やば」を形容詞化したもの。危険な場所「やば(厄場)」が転じたとする説や、「あやぶい(危うい)」から「やばい」となった、など諸説あります。

 江戸期の滑稽本「東海道中膝栗毛」(1802~09)には「おどれら、やばなことはたらきくさるな」と登場。昭和初期の浅草で生きる不良少年少女を描いた川端康成の「浅草紅団」(1929~30、東京朝日新聞夕刊で連載)にも「私と歩くのはヤバイ(危い)からお止しなさいつていふんだ」とカッコ付きで使われています。「やば」は巡査や看守を指す隠語としても使われていたそうです。「近寄ってくると危ないもの」という意味が転じたのでしょうか。「現代用語の基礎知識」は、若者言葉として1988年版から毎年、「危ない」の意味として「やばい」を収録しています。現在3×歳の私も幼いころから俗語として親しんでいる言葉。両親や先生の前で使うと眉をひそめられましたが。

 このように、由来に何となく後ろ暗い雰囲気のある「やばい」が2000年代には「すばらしい」を表す言葉に。冒頭の映画の場面のように、「このお菓子、やばいよ」と言っても、今ではこの言葉だけではおいしいのかまずいのか相手に伝わらないかもしれません。武庫川女子大言語文化研究所の佐竹秀雄教授は著書の中で、同じように意味の逆転を遂げた言葉として「すごい」を挙げています。確かに、古語辞典をめくると「すごし」は「もの寂しい」「気味が悪い」が中心的な意味となっています。この「すごし」が「ぞっとするほど美しい」など強調の意味に使われるようになり、現在では「彼女はすごい」といえば普通「すばらしい」という意味です。

◇「危ない」からこそ「すばらしい」?

 しかし「おいしい」だけでも意味は伝わるのに、どうして「やばい」と使ってしまうのでしょう? 佐竹教授は「危ないことを魅力的なことと表裏一体としてとらえ、肯定的に見ている若者の意識の表れでは」とみています。つい昨日テレビを見ていると、女性タレントが「やばいぐらいおしゃれ」と使っていました。危険とわかっているけれどやめられない、のめりこみそうな魅力を表しているといったところでしょうか。英語でも「bad」は普通「悪い」ですが、俗語で「かっこいい」という意味があり、「『危ない』と『魅力的』が表裏一体」なのは洋の東西を問わない感覚のようです。

 また佐竹教授によると、ものごとの程度を強調しようとして付ける言葉は使っているうちに飽きてしまうのか、よりインパクトのある言葉でその程度を伝えようとするため次々と新しい装飾語が生まれる傾向があるそうです。確かに私の学生時代を振り返っても、「超すごい」「マジすごい」「鬼すごい」などなど、付ける言葉がどんどん変わっていったっけ。10年後にタイムスリップするともっと意外な言葉が使われているかもしれません。たとえばぞっとするほどいやな感じを表す「おぞましい」。でも「すごい」の変遷を考えると、おいしいものを一口食べて、にっこりと「おぞましい!」と口にしてしまう日は、そう遠くないかもしれない?

(梶田育代)