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ことば談話室

最近「柱」が気になって

 早くも注目を集めている東京スカイツリーの建設現場へ行ってきました。

 東京・押上。ありました。地下鉄の駅を出たとたん、にょきにょきと天に向かって伸びていく白いタワー。エッフェル塔や東京タワーのように足元の広がりがないため、一本の柱がすっくと立っている印象です。

 ◇巨大なねぎぼうず◇

 東京タワーはすでに追い抜きました。地上350m付近にある第1展望台の外枠が形を現している状態。緑のネットに覆われた展望台の丸い張り出しが、なんだか巨大なねぎぼうずを思わせます。

拡大空に向かって建設中の東京スカイツリー

 それにしても平日とは思えない数の見物人。デート中と思われるカップル、自転車にまたがった近所のおじさん、ビジネスマンの一団、1人でぶらぶらしている人……。小1時間に60~70人は見かけたでしょうか。携帯電話のカメラや一眼レフで気が済むまでパシャパシャ撮ったあとは、皆さん、ぼーっとタワーを見上げています。

 何だかずっと眺めていたくなる、不思議な気分なのです。空に吸い込まれていくような、このまま天まで昇っていけそうな。

 高層ビル、高層マンション。高い建物を見慣れている「現代人」の私でさえこうなのですから、いにしえの人々にとって高くそびえ立つ「木」や「柱」がどんなに神々しいものに映ったことか。

 ◇神話のときから◇

 「日本書紀」や「古事記」の物語の初めにも「柱」が登場します。イザナギノミコトとイザナミノミコトの2神が下界の混沌(こんとん)をかき混ぜているうち出来たという島。そこに立てた柱を巡って交わりを持ち、「大八島」を生んだという、ご存じ「国生み」の神話です。

 これらの書物が編纂(へんさん)されたのは8世紀に入ってからで、国生みのパターンも柱信仰も「日本」独自のものとは言えないようですが、古来の民俗信仰がそこに表れているのでしょう。

 今年、長野県・諏訪大社で御柱(おんばしら)祭もありました。6年に一度、境内の4カ所にある大きなモミの木の柱を立て替える。柱を立てること自体がお祭りという、考えてみればごくシンプルな祭礼で、縄文時代に始まったとする説もあるそうです。

 柱は天と地を結ぶ特別なもの。その高まりの先に神々の住む天を思い、高ければ高いほど、それを目印に神が降りてきてくれる気がして、木や柱そのものをありがたく感じてしまう。それゆえ、神を数えるとき(なにせ「日本」の場合、唯一神でなく八百万の神がいたわけですから)、「柱(はしら)」という言葉を使ったのでしょうか。岩波文庫で「古事記」原文冒頭をみると、「五柱神」「二柱神」などの表記があります。また現在、遺骨を数えるとき「柱」という助数詞を使うことがあるのも、こうした背景があると思われます。人が死んだら神となって家族や土地を守ってくれる……。そんな祖霊信仰から、亡くなった人を神として数えることが行われていたのでしょう。

 ◇心柱のヒントは五重塔◇

 さて、東京スカイツリーです。2012年の開業時、高さは634m! 地震対策として塔の真ん中に入れられるという心柱(しんばしら)は、最上部アンテナ用の「ゲイン塔」が完成した後、コンクリートで作られます。この工事はまだまだ先、来年に入ってからとのことでした。

 スカイツリーの心柱のヒントになったのは「五重塔」だそうです。歴史上、地震で倒れたことがないという通説があるとか。その中心にある心柱は地面からてっぺんまで通っている唯一の柱(長さを出すため2本継ぎ、3本継ぎにはなっているらしい)。さぞやがっしり建物を支えているのだろうと思いきや、意外にも塔の真ん中のがらんどうで、ぷらぷらしている。つまりはほかの部分とまったくつながっていない、独立した柱なのだそうです(「五重塔はなぜ倒れないか」上田篤編)。正直、メカニズムはよく分からないのですが、この心柱が倒壊を防ぐのに役立っているらしい。

 何もしていないようで実は役に立っている。目立たないけれどいざという時しっかと受け止めてくれる安心感……。そんな心柱こそ「精神的支柱」と言うのにぴったりかもしれません。日本代表が活躍したサッカーW杯でも、ベテラン選手を指してこの言葉が使われていたのが思い出されます。

 ◇大黒柱は?◇

 そのW杯でよく聞いた「柱系」の言葉に「大黒柱」もありました。チームの稼ぎ頭、点取り屋。あるいは頼りになる司令塔。これも必要不可欠です。家全体の重みを支えまとめあげる中心的な存在です。

 私は、1970年代の初め、小学校2年の頃まで、土間と囲炉裏のある古い家で暮らしていました。上がり框(かまち)のところに25cm四方もあろうかという、たぶんケヤキで出来た大黒柱があり、飴色に鈍く光っていました。今思えば立派な柱でした。

 「だいこくばしら」の語源を辞書で調べてみると、大極殿の柱からとも大黒天からとも書いてありますが、はっきりしません。個人的には「大黒天」に一票をいれたいところ。大黒天はもともと、インド出身で怒りの形相をした破壊の神だったそうです。日本に入ってきてからは「だいこく」つながりで、イケメン・モテ男のオオクニ(大国)ヌシノミコトと「習合」、いつのまにやら福の神に。おまけに勝手にほかの神様とコンピレーションされた「七福神」が大当たり。家の神、厨房(ちゅうぼう)の神としてすっかり庶民に溶け込んだのだとか。

 現代の言い回しのなかにも根強く生き残っている大黒柱ですが、実際に大黒柱のある家は少なくなりました。みかけは大黒柱でも、構造的に支えているのは壁だったり、筋交いだったり、接合金具だったりします。

 ちなみに、いま私が住んでいる鉄筋コンクリートの集合住宅には、柱らしい柱はありません。でも「柱」が気になるのは、太古からの思いを受け継いでいるためかもしれないですね。

(久保田智香)