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ことば談話室

めっぽうかいって何のことかい

藤井 秀樹

◇「かいに」の謎

 もう30年以上も前の小学生の頃の話。

 当時持っていた歴史図鑑に、大正時代のカルピスのポスターが載っているのを見つけた。書かれている文字はそのまま読むと「いまうにいかうぽつめ」。ウニやイカが出てきておいしそうだが、「昔は横書きが右から左」とは知っていたので「めつぽうかいにうまい」と正しく読めた。

 「めつぽう」は「滅法」で、「すごくおいしい」という意味だろうということは何となく分かるものの、その間の「かいに」が何のことやらさっぱり分からない。手持ちの辞書を引いても載っておらず、両親や学校の先生にも聞いてみたが、皆あまり国語に詳しくなかったとみえて、さあ、と首をひねるばかり。

 結局分からぬままそれきり忘れてしまっていたのを最近ふと思い出し、広辞苑や大辞林などを引いてみた。すると「滅法界」の見出しでちゃんと載っている。当時持っていた辞書になかったのは、それが小学生向けだったからのようだ。

拡大カルピスのポスター=1923年(カルピス社は1990年から、この「キャラクターマーク」の使用を自主的に中止しています)

◇仏教語から遠く離れて

 「滅法界」は「滅法」と同様、程度がはなはだしいさまを意味する。仏教用語として正しいのは「滅法」で、辞書には「涅槃(ねはん)のこと」との説明もある。平たくいうと「ものごとや現象を引き起こすすべての関係や悩み苦しみから解き放たれた安らかな悟りの境地」のことだ。これがなぜ現在使われるような意味になったのか。

 佛教大学仏教学部の藤堂俊英教授は「涅槃の境地は、通常の世界の道理、思考法、常識を外れた境地なので、そこから『とんでもないこと』『法外な』などの俗語的用法が出てきたのではないか」という。そこに、これまた仏教語である「法界」(意識の対象となるすべてのもの)への連想から「滅法」に「界」を付けた「滅法界」という語が生まれた、という(角川書店「角川古語大辞典」)。

拡大1927年10月20日付紙面の見出し。東京は前日、カ氏44度(セ氏7度ほど)の「すばらしい寒さ」だったと伝えている

 戦前には、

「滅法界に酔ひました。もう飲(いけ)やせぬ」(幸田露伴「五重塔」、1891〈明治24〉~92年)

「あの素敵滅法界な雲が好きなんだよ!」(ボードレール「巴里の憂鬱」、三好達治訳、1929〈昭和4〉年)

などの例がみられる。朝日新聞の記事の見出しにも、「滅法界な無理情死(しんじゅう)」(1908〈明治41〉年)

「滅法界な誤りを新税法が正し得るか」(1920〈大正9〉年)

「滅法界な寒さ 平年より十度も低い」(1927〈昭和2〉年)などの用例が見られる。