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ことば談話室

ちょっと気になる「専権事項」

 「専権事項」

 こんなことばがある。たとえば、ここ半年あまりの間の朝日新聞から二、三拾ってみると、次のような感じだ。

・「人事は首相の専権事項」(9月17日付第2総合面、輿石東・民主党参院議員会長の発言)

・「為替は財務大臣の専権事項だと思っている」(6月9日付政策面、野田佳彦財務相の発言)

・「衆院の解散権は首相の専権事項だ」(4月21日付政治面)

 実はこのことばには、いささかの違和感と疑問があった。

◇すべて意のまま?

 「専権」という語を考えてみると、「権(力)を専らにする」という意味だと思われる。字解きをすれば、そうなるはずだ。つまり「専権」であるならば、すべてのことがらが意のままになるのであって、専権事項の「事項」は蛇足というものだろう。事項を限る必要はない。

 「人事は」「為替は」「解散権は」と主語で限定するのもおかしいことになる。言うなら(書くなら)ば、「専管事項」ではないだろうか?……という具合に。

 疑問があれば、手近なところから調べてみよう。

 まず、「広辞苑」(第6版)で「専権」を引いてみた。“権力をほしいままにすること。思うままに権力をふるうこと”としている。

 同じく「大辞林」(第3版)を見る。こちらは用例つきで、“権力をほしいままにすること。擅権(せんけん)。「政府の――横暴」”とある。

 けだし、この「大辞林」の用例「政府の専権横暴」が、しっくりくる「専権」の使い方だろう。

 すなわち、おおよそ予想通りの語義が辞書にはとられていると言える。

◇もとは中国の古典から

 「専権」は、見ての通り漢語である。

 そこで、諸橋漢和こと「大漢和辞典」(修訂第2版)で「専」を引けば、そこに熟語として「専権」が採録され、“権をもつぱらにする。権力を一人で握る”としてある。

 一方、「角川大字源」は“権力を独り占めにする。権力を一人で自由に振るう。擅権(せんけん)。同義語・顓権(せんけん)”と説明している。「字通」にも、“権力を独占する”とあった。

 この「専権」ということばは古いもので、中国古代に既に典拠があるという。

 「韓非子」に「大臣専権、是国為越也(大臣が政権を握っているなら、これではその国が越になってしまったのである)」とあり、「史記」に「慶封為相国、専権(慶封は相国となって、権力を専らにした)」とある。また、「戦国策」には「先王之時、奉陽君相。専権擅勢、蔽晦先王、独制官事(先王在世の時代には、奉陽君が宰相の位におり、権勢を独り占めにして、先王の聡明を蔽いくらまし、国政を独りで取り仕切っておった)」とある(いずれも明治書院刊「新釈漢文大系」による)。

 「漢書」五行志にも「遂専権自恣(遂は権力を一手に握ってしたい放題にふるまい)」と出てくる(訳は東洋文庫460「漢書五行志」から)。

◇日本の古典でも

 一方、それらを受容した日本の「古語」としてはどうか。

 「角川古語辞典」では、「専権」は見出し語として採用されている。そこには“権力をほしいままにすること。権力を独占し、自由に行使すること。擅権”とあり、蒲生君平の「今書」が引いてあった。

 また佐藤亮著「現代に生きる幕末・明治初期漢語辞典」(明治書院、2007年)には新井白石「読史余論」が引用してある。いわく「五十六代清和幼主にて外祖良房摂政す、是外戚専権の始」(引用は近代デジタルライブラリーhttp://kindai.ndl.go.jp/、読史余論 / 新井君美著他. - 改版、松栄堂書店、1903、4版から)と。

 要するに、日本の近世の漢語でも、「専権」の意味は変わっていないということだろう。

 本稿では日本語のことを考えているので余談にわたることになるが、ちなみに現代中国語でも専権は、“権力を一人で掌握する”(「中日大辞典」第3版)、“権力を一手に握る”(光生館「現代中国語辞典」)という意味になっている。

 現代の中文はともかくとして、つまり漢語の「専権」は、「権(力)を専らにする」という意味なのだ。違和感をおぼえた「専権事項」は、ここまでのところ誤用とみなしてよさそうな様子である。

 ところが、web上の用語解説サイト・コトバンクで「専権」(http://kotobank.jp/word/専権)を引いて困ってしまった。