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ことば談話室

カボチャをめぐる物語

池田 博之

ピーター、ピーター、カボチャ好き

女房持ったが、うまくはいかず

カボチャの殻に閉じ込めた

そしたら女房とめでたしめでたし

 イギリスの伝承童謡マザー・グースの歌の一つです。この Peter, Peter, pumpkin eater, で始まる歌は、日本には大正期に北原白秋の訳で紹介され、以後、谷川俊太郎らによって多く翻訳されています。ほかのマザー・グースの歌と同様に、様々な解釈が成り立つ不思議な世界を表現しています。

◇ランタン

ハロウィーン・イベントの看板拡大ハロウィーン・イベントの看板(東京・表参道)
 日本にカボチャが渡来したのは、江戸時代より前、16世紀で、南蛮貿易によってもたらされました。カボチャの語源は「カンボジア」です。当時の日本人にとって、カンボジアの特産品と思われたのでしょうか。ちなみに、カンボジアから日本語に入った言葉には、「キセル」(煙管)があります。東南アジア全体をみても、この地域に由来する日本語は、「ジャガイモ」(ジャガタラ=ジャカルタの古名=から)や「シャモ」(軍鶏)=タイの旧称シャムから=などで、多くはないようです。

 日本では、カボチャは、「唐茄子(とうなす)」「南瓜(なんきん)」「南京(なんきん)」とも言われました。異国との交流のようすを彷彿(ほうふつ)させます。秋の季語。江戸前~中期の俳人、山口素堂の句に、

 ずっしりと南瓜落て暮淋し

店のショーウィンドーにあったカボチャ色の帽子拡大店のショーウィンドーにあったカボチャ色の帽子(表参道)
また、江戸期の川柳に、

 初かぼちゃ女房千両でも買う気

落語では、幕末から口演されてきた「唐茄子屋政談」があり、なかに唐茄子の安倍川なるもの(ゆでて黄粉をまぶしたものらしい)が出てきて、江戸期にはそれなりに親しまれた食材だったようです。

 カボチャはまた、西日本、特に九州では、「ぼうぶら」(あるいは「ぼうら」)とも呼ばれました。これは、ポルトガル語のabóbora(ウリ)の転。「ぼうぶら」は、広辞苑では最新の第6版で見出し語からなくなりました。

◇おてもやん

 熊本の俗謡「おてもやん」の一節に、

横浜・元町「ハロウィーン2010」拡大横浜・元町「ハロウィーン2010」

春日南瓜(かすがぼうぶら)どん達ァ

尻ひっ張(ぴゃ)ァて花盛り花盛り

チイツクチイツク雲雀(ひばり)の子

(「日本民謡集」=岩波文庫=から)

とあります。「おてもやん あんたこの頃 嫁入りしたではないかいな 嫁入りしたこつァしたばってん」で始まるこの歌に、なつかしい思いをされる方もいらっしゃるのではないでしょうか。戦後にレコード化されて全国的にも知られました。

 明治末、1907年の夏、与謝野鉄幹と若き4人の詩人(白秋、木下杢太郎、吉井勇、平野万里)が九州を巡った旅の記「五足の靴」にも「ぼうら」が出てくることを、出来根達郎さんのエッセー「新懐旧国語辞典」(河出書房新社)で教えられました。天草の大江天主堂の近くで5人が「散歩の途で南瓜(とうなす)を見つけ」、求めようとしたが、いくらでもいいと言われ、「南瓜(ぼうら)なんか、この村では売買(うりかい)しないそうだ。」(岩波文庫「五足の靴」)と書かれています。

 カボチャは戦中に代用食に奨励されたこともあったためか、戦後さかんに栽培され、いまでは、とてもなじみの食品になりました。日ごろ口にしているカボチャの多くは明治以降に日本で栽培されるようになった西洋カボチャ(栗カボチャ)で、それ以前に流通していたのは日本カボチャです。

 カボチャの種類には大きく分けてもう一種類、ペポカボチャ(飾りカボチャ)があります。色と形が様々で主に装飾用に使われるペポカボチャは「宇宙カボチャ」として最近にわかに注目を集めています。このカボチャの種が宇宙飛行士の若田光一さんや山崎直子さんと一緒にスペースシャトルで宇宙を旅しました。この秋、その種から各地で収穫がありました。

◇旅の終わりに

元町で見つけたカボチャの飾りを頭に付けた犬拡大元町で見つけたカボチャの飾りを頭に付けた犬
 カボチャをめぐる旅も、そろそろ終わり。一陽来復の春を期待して、冬はカボチャの煮物やスープで、ほくほくと温まりたい気持ちになります。冬至カボチャで風邪ひかぬともいいます。

 ところで冒頭のマザー・グースの歌、シンデレラのカボチャの馬車だったらよかったのですが、後半を読むと、ちょっとブラックユーモアであるのが分かります。

ピーター、ピーター、カボチャ好き

女房変えたが、好きにはなれず

読み書き覚えてピーターは

やっとこ女房に惚れたとさ

(池田博之)