メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

ことば談話室

ピン芸人と、かけまして

 自宅でテレビを見ていると、陣内智則さん、ケンドーコバヤシさん、たむらけんじさんの番組が。3人とも人気のピン芸人。大阪出身の私はみんなコンビの時から知ってるなあ。ピンでも人気が出てよかったねえ……などとほほえましくテレビを見ていたら、横から「ピン芸人って何?」の声。

 えっ、マジで知らんの? 一人芸をやる芸人のことやん。お笑い好きには常識ちゃうの。

 「意味じゃなくて、語源! なんで『ピン』なん? そもそもどういう意味なん?」

 そういえば、それは知らんなあ。

 意味を調べるべく翌日さっそく職場にあった辞書をめくってみると、「広辞苑」「大辞林」には「ピン芸人」は載っていなかった。それでは、とインターネットで小学館の辞書「大辞泉」を見てみると、「ピン」の項目に「ポルトガル語の『pinta』から、一人であること。ピン芸人」という言葉が。

 おお、ポルトガル語やったんかい!! で、pinta(ピンタ)って何?

◇「点」から「1」へ

 日本国語大辞典(小学館)で「ピン」を調べると「pinta」はポルトガル語で「点」の意味。ここからサイコロやカルタの「1」の目を表すことにつながった。なるほどカルタかぁ……えっ、カルタ? カルタに数字は関係ないんちゃうの? そう思ったあなた。私も初めはそう思いました。これも調べてみると、16世紀にポルトガルから日本に伝わったカルタは文字ではなく数字が付いている、どちらかというとトランプに近いものだったそうです。江戸時代の浄瑠璃や歌舞伎のセリフには、すでにカルタやサイコロの1の目の意味で「ピン」が登場。ちなみにサイコロもカルタも、江戸期には賭け事でよく使われていたそうです。

 うーん、ベタな関西語と思っていた「ピン芸人」、西は西でも「西洋」と縁が深い言葉だったとは!

 

拡大サイコロとポルトガルの地図。「ピン芸人」と意外なつながりが……

 さらに話は広がり、「ピン=1」の意味が転じて「一番良いもの」を表すようにも。たとえば「ピンからキリまで」のピン。これはまさに「一番」の意で、つまり「最上位のものから最下等のものまで」(または「始めから終わりまで」)。「最下等」に当たるキリもポルトガル語に由来するという説があります。また、人に渡すはずのお金の一部を先に取ってしまう場合に使われる「ピンはね」も、1割をかすめとる=「ピンを撥(は)ねる」から来ているそうです。

◇仕掛け人はさんま、ダウンタウン?

 放送作家の故・中田昌秀さん著の「現代楽屋ことば」(1978年発行)では芸人の世界で使われている隠語、「楽屋ことば」を詳しく紹介しており、「ぴん」も「一人のこと」として掲載されています。まずい芸を見せてしまった時の「さむい」など、我々の日常生活にすっかりなじんでいる言葉も登場。そう、これらは昔から芸人さんの間で使われている「楽屋ことば」だったのです。

 中田さんはこの本の中で、「数百年の歴史を持つ歌舞伎楽屋通言が、昨日今日楽屋に入り込んできた学生俗語と同居しているのが現代の楽屋ことばであろう」と書いています。数百年の歴史の中で、さまざまな分野で使われていた俗語が混ざり合っていったのでしょうか。

 しかしこの「ピン芸人」、お笑い好きには常識かもしれないけど、そうではない人にはいつごろから浸透してるんだろう? 私(30代前半)が子どもの時は聞いたことなかったなあ。

 社内のアルバイトの女性(22)に聞いてみた。

 「ピン芸人っていう言葉、初めて聞いたのいつ?」

 「うーん、確か『R-1ぐらんぷり』が始まってからよく聞くようになったかな」

 R-1ぐらんぷりは、「ピン芸人日本一を決める」と題して2002年から年1回開かれていて決勝はテレビでも放映されています。そして、「エンタの神様」「爆笑レッドカーペット」などなど、漫才、1人コントといった芸風を問わずに短い時間でネタを見せる番組が次々と始まりました。デジタル大辞泉を編集している小学館コミュニケーション編集局によると「ピン芸人」を収録したのは2007年11月。ネタ番組の歩みと言葉の認知度が重なっていると言えそうです。

 

 芸人・タレントが使った言葉を分析した「『お笑い』日本語革命」の著書がある朝日放送プロデューサー・松本修さんは、「テレビに明石家さんまさんやダウンタウンが登場して以降、芸人が普段使っている言葉でしゃべるフリートークの番組が増え、楽屋ことばが出やすい環境になったのだろう」と話してくれました。それまでは作り込まれたコントが主流で楽屋ことばが出る余地がなかったけれど、芸人がメーンでしゃべる場面を目にする機会が増えたことで、私たちの日常に溶け込んでいったというわけです。「視聴者はテレビの中の違う世界を楽しんでいるうちに彼らが使う言葉をまねるのが楽しくなり、自然に使うようになったのだろう」とも話しています。

 当たり前だけどテレビの影響って絶大。そして、それを日常に取り込む我々の順応速度も絶大。中には消えていく言葉も芸人ももちろんある。一発屋で終わらず、言葉とともにいつまでも輝いていてほしいなあ、とやっぱりテレビに見入ってしまうのでした。

(梶田育代)