ことば談話室
(2010/12/16)
漢字の読み方を勘違いしていることってよくありませんか? 恥を忍んで告白すると「既婚」は「がいこん」だと思っていた時期がありました。小学生の時、結婚したばかりの親類に「もう、ガイコンシャなんだね」と、格好をつけて言ってみたものの、笑われたのを覚えています。「既」と「概」が同じ漢字だと思っていたのが原因です。
そんな痛い目に遭ってから、正しい読み方を身につけようと努力しています。しかし、世の中には、雰囲気を「ふいんき」と覚えていたり(正しくはふんいき)、「続柄」を「ぞくがら」(正しくはつづきがら)と覚えていたり「勘違い読み」も結構広まっているようです。
さて、「茨城」県と大阪府の「茨木」市、正しく読めますか? いばら……ぎ? いばら……き?
◇犯人は鼻濁音?
「いばらぎじゃなくていばらき」(茨城新聞社刊)。直球のタイトルの本を執筆した青木智也さん=茨城県常総市=は、こつこつと「いばらき」を広めてきたご当地文化人。大学を卒業後、1990年代後半から都内のソフトウェアメーカーに就職。その後、Uターンして、今は方言などを紹介する執筆活動のほか、ラジオのパーソナリティーとして活躍しています。
青木さんは上京して、周囲の人がことごとく「いばらぎ」と発音することに驚いたそうです。都会暮らしで、茨城のよさを再認識したという青木さんは「茨城に対する世間の偏った認識を正し、茨城県民の地位向上を目指す」ウェブサイト「茨城王(イバラキング)」を開設。「いばらぎじゃなくていばらき」という基本を広めることから活動をスタートしました。
「茨城王」では、茨城に引っ越してきた人に向けて「茨城人への第一歩は茨城を『いばらぎ』と発音しないことですよ。正しくは『いばらき』です」と呼びかけています。
最近は、「いばらぎっていうと怒るのよね」と他県の人に冗談交じりで言われたりすることも多く、「長年の活動が実を結んでいるのかも」とうれしそう。ほかにも、佐賀の歌で有名なタレント・はなわさんが茨城県バージョンで「濁らない」と歌ったことで、認知度は上がってきているようです。
青木さんの分析によると、茨城の言葉は鼻濁音が多く、本人は「いばらき」と発音していても、県外の人には「いばらぎ」と聞こえてきたのかもしれないそうです。ご自身は、小学生の時に習った「茨城県民の歌」に「いばらき いばらき われらのいばらき」とあるので覚えました。
◇東西で使い分け?
さて、もう一つの大阪府茨木市。わが校閲センター(東京)の関西人2人は「関東の茨城は濁らない。大阪は濁るので、いばらぎ」と胸を張って断言。なるほど、納得です。確認のために、市役所に電話してみました。
「はい、いばらき市役所です」
「え、いばらぎじゃないんですか?」
そうです、こちらも濁らず、清音でした。人事課の久保裕美課長によると、新しく採用された職員の研修で、市の歴史などともに「いばらき」であることを強調するそうです。新人の3分の1から半分が市外出身者。誤解している人がいては大変です。久保さん自身は「昔から、いばらきが当たり前で、関西の方は認識してくださっていると思っていました」と話していました。
しかし、市広報広聴課によると、問い合わせなどでは「いばらぎ」を連呼されることもあるそうです。私もそうですね。すみません。それが原因ではないかもしれませんが、市のお知らせなどを載せる「市報」はひらがな表記の「広報いばらき」。さらに2009年秋には、市長会見などで後ろに置くPRボードを作り、「IBARAKI」の文字が多くの人の目にとまるように工夫を凝らしています。
茨城の青木さんに聞いてみると「茨城県民も、大阪の茨木市は『いばらぎ』だと思っている人が多いかもしれません。お隣の栃木県がとち『ぎ』なので、木は『ぎ』とするのが自然だと思っているかも」と話しています。
◇利便性と正しさのバランス
「いばらぎ」が広まっているのは、実はパソコンの普及も関係しているかもしれません。日本語入力ソフトATOKで「いばらぎ」と打って変換すると「茨城」も「茨木」も表示されます。もちろん正しく「いばらき」と打っても変換されます。ATOKを開発しているジャストシステムによると、「いばらぎ」は20年以上前から変換できるようになっています。「誤用を広めるのは本意ではありませんが、あくまでツールなので、入力したい日本語をいかに早く表示するかという利便性を考慮した結果です」。同社の辞書開発チームは、国語の専門家の意見やユーザーの問い合わせなどを参考に、バージョンアップする際に新しい読み方を加えることもあります。誤用の場合はアラートで注意を促すこともあるようですが、「利便性と正しい日本語のバランス」に悩んでいるそうです。
私たちよそ者が何気なく発音する「いばらぎ」に密かに心を痛めている人がいるかもしれません。たかが点ふたつと言うなかれ、小さくても大きな問題なのです。
(加藤順子)