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ことば談話室

「漢字んな話」新春スペシャル

前田 安正

◇本紙連載中の「漢字んな話」。その主人公お咲ちゃんとご隠居が漢字のルーツをさぐる

   ご隠居さま、漢字ってローマ字なんかと違って、一つの字で意味が分かるから便利だよね。こんな便利な字を発明したのは、いったい誰なんだろうね。

蒼頡拡大蒼頡
ご隠居 うん。ローマ字が音を表す文字なので表音文字、漢字は意味を表すので表意文字なんていわれてるんだ。こうした漢字をつくったのが、このイラストの人じゃないかっていわれてるんだよ。

   だーれ? 

ご隠居 この人は「そうけつ」と言って、中国のはるか昔、伝説の三皇・五帝時代、黄帝に仕えた史官だっていわれてるんだ。

   そうけつ?

ご隠居 そう。蒼頡とか倉頡って書くんだ。

   へえ、この人が・・・。あれっ、でもこのイラスト、印刷がずれてるんじゃない?目が四つになってるよ。 

ご隠居 いやいや、印刷がずれてるわけじゃないんだ。

   ええ! そうなの?

ご隠居 まあ、蒼頡っていうのは伝説上の人物だからね。目が四つあるっていうのは、常人より観察眼が鋭いってことらしいんだ。

   観察眼・・・どんな風に鋭いの?

ご隠居 うん。蒼頡は、ある時、鳥や動物の足跡を見て気付いたんだそうだ。鳥や動物がいなくても足跡を見ればそうだと分かる。つまり、鳥や動物をイメージさせる記号を作って、それをみんなで共有できればお互いが分かり合えるんじゃないかってね。

   難しいなあ。

ご隠居 たとえば、トリには「鳥」と「隹」って字があるんだが、鳥は尾っぽの長いトリで、隹は尾っぽの短いトリのことをいうんだ。そのものの形をすべて書き表さなくても、その特徴を表した記号で示せば、お互いがわかりあえるってわけさ。

鳥拡大「鳥」(左)と「隹」(右)
   言われてみれば、確かにそうだね。

ご隠居 いま、記号って言ったけど、漢字は単なる記号と違っているからすごいんだよ。

   どういうこと?

ご隠居 うん。たとえば駐車禁止やUターン禁止なんかの道路標識があるだろ。これは記号だけど、こうした道路標識を組み合わせて言葉を作ることはできないだろ。言葉というのは意思を伝える手段だから、それを表現できなくちゃ駄目なんだな。

   ああ、そうだね。漢字は一つでも意味を持ってるけど、いくつか組み合わせて新しい言葉をつくったりできるもんね。じゃ、蒼頡っていう人が、漢字を全部作ったの?

ご隠居 いや、さっきも言ったけど、蒼頡はあくまでも伝説上の人物だからね。言葉を伝えるための漢字を、いつ誰が作ったかは、今のところはっきり分かっていないんだよ。

◇竜の骨から現れた古代の文字

   でも、漢字の元って甲骨文字なんでしょ。

ご隠居 そう。甲骨文字っていうのは、牛や亀の甲羅に刻まれた文字のことでね。いまのところ、漢字のルーツになっているなかでは、甲骨文字が一番古いものだといわれてるんだ。

   甲骨文字ってそんなに古いものなの?

ご隠居 そうだね。今から3千年くらい前の中国、殷の時代の後期に使われていたといわれてるんだ。

   っていうことは、紀元前1000年?

ご隠居 紀元前1000~1300年ころだね。

   へえ、すごいねえ。漢字のルーツってそんな大昔なんだ。

ご隠居 でも、それより前に甲骨文字の元になったものがあるんじゃないかな、とあたしは思ってるんだけどね。

   そうだと面白いね。

ご隠居 そうだね。甲骨文字が発見されたのは、19世紀後半になってからなんだよ。しかも、刻まれた甲骨文字が漢字の元だっていう認識がないままに、薬として売買されたりしてたんだ。

   薬って、何の?

ご隠居 うん。骨を細かく砕いてマラリアの薬として売ってたっていうから驚きだろ。これを竜骨、つまり竜の骨だと称してたんだな。

   竜の骨? それがマラリアの薬になるの?

ご隠居 その効果のほどは分からないけどねえ。中国・清朝の末期に王懿栄(おう・いえい)っていう政府高官がいたんだ。この人がマラリアにかかっていて、この竜骨を買ってこさせたんだな。その中に文字らしきものがあるのを見つけたっていうんだ。

   でも、竜骨って骨や甲羅を砕いたものでしょ。文字が見えるのかな。

ご隠居 そうだよね。北京の「達仁堂」って薬局に買いに行って、薬として砕く前の骨を見たとかいう話もあるんだ。そこはそれ、多少お話の世界もあるから・・・。

   なんだかなあ。ちょっと眉につばしちゃう感じだね。でも、薬局の名前まで分かってるなんて、おもしろいね。

ご隠居 まあ、話の細部はともかく、王懿栄とその友人の劉鶚(りゅう・がく)が骨に文字らしきものが刻まれたものがあるのを見つけて、一緒に研究したってことは事実でね。その結果、どうやらこれは漢字につながる古い文字じゃないかってことになったんだな。

   それにしても、文字らしきものがあるってことに気付いたのがすごいよね。

ご隠居 王懿栄は中国の高官で、大学の学長もしてたし、劉鶚も骨董や大昔の字に造詣(ぞうけい)が深かったから、もともと漢字に対する素養があったんだろうね。

   なるほどねえ。じゃないと骨に刻まれたものが漢字かもしれない、なんて気付かないもんね。で、それからどうしたの?

ご隠居 それで骨なんかを5千点以上も買い集めたっていうんだ。王懿栄が亡くなった後、劉鶚がその中から1058片を選んで整理して、1903年に「鉄雲蔵亀」って本にまとめたんだよ。

鉄雲蔵亀拡大鉄雲蔵亀から
   3千年前に使われてた漢字の元が、世に明らかになったってことだね。

ご隠居 そうだね。とはいえ、骨董好きのざれ言だと思われたりして、なかなか資料価値が認められなかったんだよ。

   そうなの? 折角の発見だったのにね。

ご隠居 でも、次第にいろんな学者たちが研究して、それが重要な資料だってことが分かってきたんだ。で、1930年ころから、文字が刻まれた骨や甲羅がたくさん出てきた河南省の安陽市郊外の小屯っていう村の調査をするようになったんだ。そこは殷墟、つまりかつての殷王朝が周に滅ぼされるまでの300年間、都としていた場所だったんだな。

   わーっ、3千年前の世界が目の前に広がるってどういう気持ちだろうね。

ご隠居 そうだよね。殷墟からは遺跡なんかもたくさん発見されて、それまで伝説とされていた都市の様子が少しずつ分かるようになったんだ。

   すごい! ロマンだね~。まあ、ご隠居さまも竜骨みたいなもんだけどね。

ご隠居 どうしてだい?

   ご殷墟(隠居)だけに、漢字の話をしてると恍惚(甲骨)とした表情になってくるもん。ね、甲骨文字について、もう少し教えてくれない?

ご隠居 その駄洒落、骨身にしみるなあ。甲骨文字については、次回のお楽しみってことで、きょうは、ここまで。

   ええーっ! ご隠居さま、怒ったの?

ご隠居 ・・・・・・・。

   あらら、寝ちゃってるよ。春眠までは時間があるのに・・・あ、冬眠か。

(前田安正)