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ことば談話室

漢字んな話スペシャル2 お咲ちゃん、甲骨文字を読む

前田 安正

◇本紙連載中の「漢字んな話」。その主人公お咲ちゃんとご隠居が甲骨文字について考えます。

   ご隠居さま、この前、甲骨文字の話の途中で昼寝しちゃったんだよ。覚えてる?

ご隠居 ああ、そうだったね。急に眠くなっちゃってね。で、どこまで話したっけ。

   王懿栄(おう・いえい)と劉鶚(りゅう・がく)が竜骨っていう漢方の薬の中に文字らしきものを見つけて、それが殷の時代の後期に使われてた甲骨文字の発見につながったってとこまでだよ。

甲骨文字拡大亀の甲羅に彫られた甲骨文字
ご隠居 ああ、そうだったね。

   文字が使えるようになって、随分みんな便利になったんだろうね。

甲骨図拡大甲羅に彫られた甲骨文字の図。甲羅の裏側の丸いくぼみに熱したものをあてる(図右)。それによって、表側(図左)にひびが入る。それを見て卜う
ご隠居 うん。実は、今のように勉強すれば誰でも文字が使えたってわけじゃないんだ。

   どういうこと?

ご隠居 殷の時代は、とても宗教色の強い国家でね。文字っていうのは、いわば神との交信の手段だったんだよ。神の言葉を読み解く人が時の王っていうことなんだな。

   神の言葉を読み解くって?

ご隠居 戦とか農業とか先祖に対する祭祀(さいし)とか、天気なんかを卜(うらな)う手段に使われたんだ。

   どうやって卜ったのかな。

ご隠居 亀の甲羅の裏側や牛の骨にくぼみをあけて、そこに火箸のようなもので急激に熱を加えると、表側にひびが入るんだ。それを読み解くんだってさ。こういう卜いの結果を甲羅や骨に刻みつけたのが甲骨文字なんだよ。

   どういうひびの形が吉なのかな。

ご隠居 いまのところ、そこまでは分からないようだよ。「卜」って字はひびの形からきた象形文字で、「ボク」って読みは甲羅に熱を加えたときの「ポクッ」って音からきてるんだなんていわれてるんだ。

   へえ、そうなんだ。

ご隠居 殷の時代では、太陽が10個あったと信じられてたんだってさ。で、1日1個太陽があがるから、10日で一回りだろ。つまり10日を「旬」って言ってたんだ。

   今でも上旬、中旬、下旬なんて言うよね。

表拡大十干十二支表。赤が十干、青と緑が十二支
ご隠居 そう、3千年も前からの使い方が、今の時代に生きてるんだ。で、10個の太陽にはそれぞれ名前がついてるんだ。

   太陽に名前! すごいねえ。

ご隠居 その名前は、甲、乙、丙、丁、戊、己、庚、辛、壬、癸。これを十干って言うんだ。どこかで聞いたことがあるんじゃないかな。

   うん、うん。聞いたことあるよ。昔、学校の成績表で使ってたって聞いたことがあるよ。

ご隠居 そんなことよく知ってるねえ。これに、子、丑、寅、卯、辰、巳、午、未、申、酉、戌、亥の十二支を組み合わせると右の表みたいになるんだ。これを見ると1から60までで一巡するだろ。年齢でいうと一巡して最初に戻るとしが還暦。暦が還(かえ)るってことなんだよ。

   へえ、面白いねえ。あれ、甲子って高校野球の・・・。

十干拡大十干の甲骨文字(右)と漢字
ご隠居 よく気づいたね。もともと十干十二支は日にちを表してたんだけど、そのうち月や年、時間にも使われるようになったんだ。甲子園球場は、1924(大正13)年にできたんだ。その年が甲子の年だったってわけさ。

十二支拡大十二支の甲骨文字(右)と漢字
   これをどういう風に使ってうらなったの?

ご隠居 甲骨に卜いを刻んだ文字には、必ずこの表にあるような十干十二支で表された日付が入ってるんだ。十干十二支を甲骨文字で書くと左のようになるんだ。

   へえ、矢印の右側が甲骨文字なの?

ご隠居 そう。少し実例を見てみようか。下に挙げたのは「甲骨文合集」から甲骨文字を書き出したものなんだ。左が甲骨文字、その右が漢字に置き換えたもの、読み方を示したのが一番右側。それによると「乙未(いつび・きのとひつじ)の日に、卜(ぼく)してナン(なん)がうらない問うた。来る乙巳(いつし・きのとみ)の日に王は商に帰るか」って具合。つまり、10日後に王が無事帰ってくるかどうかを卜ったものなんだよ=落合淳思著「甲骨文字の読み方」(講談社現代新書)参照。

甲骨拓本拡大甲骨文字の拓本
   へえ、おもしろいね。

甲骨読み下し拡大上の甲骨文字の漢字表記と読み下し文
ご隠居 この卜いの記録には、決まりがあってね。まず、卜いをした日を書いて、次にうらなった人物の名前が続くんだ。ここでは「ナン」という人らしいんだ。この漢字、手元の辞書には載ってないんだけどね。その後に卜った内容が書かれているんだ。

   へえ、甲骨文字って読めちゃうんだね。

ご隠居 そうなんだよ。古代の文字が読めるなんて、面白いだろ。

   それが今の漢字の形になったのは、いつなの。

ご隠居 中国は広いだろ。だから、いろいろな地域にいろいろな国が並び立ってたんだ。いわゆる群雄割拠の時代だったんだ。紀元前221年に秦の王が初めて、統一したんだな。そして自ら皇帝を名乗ったんだ。帝っていうのはもともと天帝、つまり神を指したものなんだよ。それまでは王と呼ばれていた人が神意を読み解いていたんだけど、彼は自ら「神」であると称したんだな。最初の皇帝だからは始皇帝ってわけさ。

   わー、相当強かったんだろうね。

ご隠居 始皇帝が全土を統一する前、それぞれの国では独自の漢字や税金の制度なんかがつくられてたわけだ。統一したきにそれだと不具合が出てくるだろ。

   うん、同じ意味を表す漢字がたくさんあると分からなくなるしね。お金の単位も違うと商売をするときに困るもんね。

ご隠居 そうだよね。始皇帝はそれを統一したんだよ。

   始皇帝が考えたの?

ご隠居 実際には李斯(りし)っていう始皇帝の部下がつくったと言われてるんだ。こうしてできた漢字の書体を「小篆(しょうてん)」っていうんだ。これがいまの漢字の大元になってるんだよ。「永」っていう字を甲骨文字、小篆、明朝体、教科書体の順に並べたのが下の図。

永・教科書拡大教科書体
永・明朝拡大明朝体
永・小篆拡大小篆
永・甲骨拡大甲骨文字

   へえ、小篆が漢字のもとだって言うけど、随分雰囲気が違うね。

ご隠居 そうだろ。この小篆を基にしてつくられた最初の字書と言われてるのが「説文解字」なんだ。

   説文解字? ね、もっと詳しく知りたいなあ。

ご隠居 それについては、この次の機会に。

   えー、いつもいいところで終わるんだから・・・。

ご隠居 「この次の機会に」とかけまして、

   とかけまして。

ご隠居 小篆(笑点)で座布団をとられた落語家ととく。

   してそのこころは。

ご隠居 「説文(設問)にうまく答えられず、お後がよろしいようで」。お粗末。

(前田安正)