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ことば談話室

紙面に見る「アイドル」いまむかし

緒方 啓二

 テレビをつければ、街を歩けば、ネットをすれば、そこにアイドルがいます。ドラマやバラエティー番組、コンビニに並ぶ雑誌の表紙、人気ブログと、生活のさまざまな場面で元気なアイドルたちの姿を目にしない日はありません。   

拡大大阪・ミナミのNMB48劇場に入場する人たち

 いま、その筆頭格を挙げるとしたら、AKB48でしょうか。2010年10月発売の18枚目のシングル「Beginner」が初回出荷103万枚のミリオンセラーとなるなど、メジャーシーンで一気にブレークしました。日本の女性アイドル界を牽引(けんいん)する存在といえますが、AKB48には不思議がいっぱいあります。名前、愛称、いや、その前に、そもそもアイドルってなに?

◇70年前のアイドル

 広辞苑第6版が「あこがれの対象者。特に、青少年の支持する若手タレント」と記す「アイドル」っていつごろからいるの? 新聞に載った最初のアイドルはだれ? AKB48や嵐のようなアイドルはいたの? 記事データベースで朝日新聞の古い紙面に「アイドル」という言葉を探してみると……いましたよ、アイドルが。でも、現代のわたしたちが思い浮かべるアイドルとはちょっと違うイメージのような気もします。順番に紹介していきましょう。

 1937(昭和12)年12月2日の東京朝日の朝刊に載った「海外スポーツニユース」のカット写真の説明に出てきたのが最初の「アイドル」です。

拡大ロバート・テーラー

 「カットの写真は アメリカ否世界映画女性フアンのアイドルたる美男俳優ロバート・テーラー君で目下英国で映画製作中であるが彼の役割はオツクスフオード大学クルーの一員となつて活躍するので、今まさに牛津クルーのブレザーを着てボートに乗り込むところ」

 製作年からみて、映画は「響け凱歌」(A Yank at Oxford)で、のちにマービン・ルロイ監督の名作「哀愁」で共演するビビアン・リーとロバート・テーラーが一足先に共演したのがこの映画です。「映画が好きな世界中の女性のアイドル」という評価に偽りなしの世紀の二枚目俳優は、当時まさに女性たちのあこがれの対象だったといえましょう。

 美男たることはたしかに男のアイドルの条件ですが、若さもまたしかり。テーラーのつぎに朝日新聞の紙面で「アイドル」と書かれたのは、米国のピアニスト、バン・クライバーンです。初来日して大阪・中之島のフェスティバルホールなどで演奏会を開く彼を紹介した記事は1966(昭和41)年1月27日の東京本社夕刊に写真付きで載っています。

 

拡大クライバーン

 米音楽界のアイドル、5月に来日「現在三十二歳。二メートルに迫るスマートな長身で、清潔で子どもっぽい表情は年齢よりずっと若く見えるなど、全クラシック界の”アイドル”にふさわしい」

 53年前、米ソ冷戦下の第1回チャイコフスキー国際コンクールに23歳で優勝し、一躍米国の英雄となったクライバーンの鍵盤を奏でる姿はたしかにアイドルのようなたたずまいです。いまから45年前のアイドルは、いまその姿で登場しても通用する、と言ったら褒めすぎでしょうか。

 美しさと若さがあっても才能がなければアイドルとはいえません。クライバーンの次に朝日新聞に載ったアイドルは25歳のカーレーサーですが、それは若き才能の惜しまれる死を伝える訃報でした。1969(昭和44)年2月13日の朝刊は、レースカーの走行テスト中に事故死した福沢幸雄の死亡記事を載せ、その人気ぶりをサイド記事は「現代のアイドル」と形容しています。

 多才な若き現代のアイドル タレント、デザイナーでも活躍 「スピードレーサー中随一の人気を集め、テレビのコマーシャルでも活躍していた福沢幸雄さんが、十二日、静岡県の自動車テストコースで事故死した。”現代のアイドル”ともいえる若きレーサーの死は、カッコよさにあこがれる若者たちの間に、反響を呼びそうだ」

拡大福沢幸雄さんの死亡を伝える記事

 パリ生まれ、ギリシャ人の母、福沢諭吉のひ孫にして語学堪能な慶応ボーイ。芸能界との交流も深く、モデル、デザイナー、レーシングドライバーとして異色の才能を発揮して流行の先端にいた美男子は「アイドル」の呼び名にふさわしい存在だったのでしょう。

 翌1970年5月6日の夕刊には、前年に発覚したプロ野球・黒い霧事件の流れのなかで、オートレースの八百長容疑である球団の投手を逮捕したというニュースが載りました。そのサイド記事はプロ野球の選手を「アイドル」と書いています。国民的な人気スポーツだったプロ野球の選手、とくに投手は「マウンドのアイドル」として、もてはやされた時代だったんですね。太田幸司、荒木大輔をへて斎藤佑樹まで、現代までつづく球界好男子のアイドル視は、昔からあったことなんですね。

 米国人の映画俳優にピアニスト、レーサー、プロ野球選手……。ここまで朝日新聞に登場した「アイドル」を見てきましたが、どうでしょうか。期待していたアイドルじゃないって? そうですね、おっしゃるとおりです。なにか物足りない気がしますよね。もっとこう、なんというか、アイドルは芸能人っぽいっていうか。いまのアイドルみたいな人は載らなかったのでしょうか。

◇マイケル登場

 出てきます、芸能人。なぜか日本人じゃないのが残念ですが、1971(昭和46)年5月18日の東京の夕刊に載ったのが、朝日新聞に登場した5番目の「アイドル」です。そこにはアッと驚く超大物も出てきます。

 十代のアイドル テレビ・レコードに次々登場 「オズモンズ(オズモンド・ブラザース)がこのほど来日、各地で十代の若者たちに圧倒的な支持を得たが、このオズモンズに続いて、”十代のアイドル”になろうと、テレビやレコード界にいくつかのグループが登場、話題になっている」

 

拡大米音楽界の「アイドル」たち
 カルピスのCMやNHKのテレビ番組「世界のワンマンショー」などで人気があった米国人一家の子どもたちによるポップサウンズのグループがオズモンズ。彼らと同じ米国のテレビ番組出身の人気グループが日本に進出しようとしている、として三つのグループを紹介したのがこの記事です。「パートリッジ・ファミリー」「バガルーズ」「ジャクソン・ファイブ」の順で登場しますが、注目はやはり「ジャクソン・ファイブ」でしょう。ずばり、マイケルはどう書かれていたのでしょうか? ご覧下さい。じつに真っ当な評価をしている朝日新聞です。見直しました。

 ジャクソン・ファイブ 「昨年初めから日本におめみえしているグループにジャクソン・ファイブがある。十一歳から十八歳までの黒人五人兄弟で、一番年下のマイケル少年がリード・ボーカルを受持っている。幼さなどは売物にしない実力派だ」

 さて、むかしの朝日新聞の紙面に出てきた「アイドル」を順に見てきましたが、当時のアイドルは広辞苑がいう「青少年の支持する若手タレント」というより、「あこがれの対象者」のほうに近かったように見えますね。

 プレスリーやビートルズら外国の芸能人がアイドルの嚆矢(こうし)であり、ビートルズ来日(1966年)のあとのグループサウンズ・ブーム以降、日本に芸能人アイドルが生まれた、とする見方があります。「青少年の支持する若手タレント」に近い存在が古い紙面には出てこなかったことからも、新聞紙面でそれが裏付けられたといえるのではないでしょうか。

 では、いま人気の女性アイドルたちのなかでもっとも売れているAKB48は、いつ朝日新聞に登場したのでしょうか。東京本社発行の新聞記事という条件で記事データベースを使って「AKB48」という言葉を検索してみました。

◇紙面デビューは地域面

 東京・秋葉原の専用劇場でAKB48がデビュー公演をしたのは2005年12月8日です。その名前がはじめて朝日新聞の記事に登場したのは意外に早く、デビュー2カ月後の2006年2月9日でした。

 といってもそれは、佐賀と鹿児島、二つの地域面の片隅に載ったCDのシングル売り上げランキングです。「桜の花びらたち AKB48」という曲名と歌手名に順位が付いただけの一行情報なので、これを朝日新聞へのAKB48初登場記事とするのは、いささかさみしい気がします。

 AKB48の、つぎに古い記事はデビューから半年がたった06年6月30日の秋元康氏のインタビュー記事です。40~50代のビートルズ世代に向けたライフスタイル提案の別刷り紙面で、AKB48生みの親・秋元さんの生き方を振り返りながら、そのパワーの源泉を聞くという企画なので、AKB48の話も当然登場します。

 「昨年12月に誕生したアキバ発アイドルユニット『AKB48』の仕掛け人も、この人だ。コンセプトは『会いに行けるアイドル』。オーディションで選ばれた女の子たちが『AKB48劇場』で毎日、ショーを催している。ここから次世代型アイドルを発掘しようというプロジェクトだが、予想以上に早く火がつき、秋葉原に新風を起こした」

 いまではすっかり全国区になったAKB48です。だれも使わなくなった「アキバ発のアイドル」というコピーが5年の歳月を感じさせますね。ただ、この別刷りは朝日新聞東京本社管内の一部地域だけに配る新聞です。地域面と同様に、これも新聞本紙とは紙面の位置づけが若干異なります。

 では、地域面や別刷りではなく、朝日新聞の本紙に載ったAKB48の最初の記事っていったいいつだったのでしょうか。それは2007年12月5日の朝刊の記事です。12月といえば……勘のいい方にはもうお分かりですよね。第3社会面に掲載されたこの記事では、AKB48が見出しにもなりました。

拡大AKB、紅白初出場!

「アキバのアイドル初登場 紅白歌合戦、出場56組発表」

 紅白歌合戦の出場歌手リストは毎年必ず社会面の記事になります。その前日までは朝日新聞の本紙記事に掲載されてこなかったAKB48ですが、紅白初出場を射止めたことで、自動的に本紙記事への初登場を果たしたわけですね。おめでとう!

 って、拍手している場合じゃありません。先を急がねば。

 以後、AKB48は最長14週間の紙面掲載ゼロ期間(2008年8月22日~11月27日)を挟みながらも、紙面への登場回数を徐々に増やしていきます。2010年11月4日から2011年2月17日までの15週間は、毎週最低1件は「AKB48」という言葉が紙面に載りました。この間の掲載記事の累計は34件で、クリスマス前の1週間には過去最多の7件を記録しています。シングル「Beginner」が発売されてミリオンセラーになった直後であり、世間における認知度の広がりが紙面に反映された結果だといえるのではないでしょうか。

 ライブアイドルから出発し、5年をかけて育成、大ヒットしたAKB48ですが、メジャー化したいま、初期の追っかけを追体験することは不可能です。一方、大阪・ミナミを拠点に2010年秋デビューのNMB48なら、育成初期からの見守りが現在進行形で可能なんですね。大阪本社の地域面では連載「NMB48のおきにいり」が続いていて、ネットでも読めます(こちら)。こちらもますます目が離せません。

緒方啓二