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ことば談話室

「おお」か「だい」か、大問題?

桑田 真

歌舞伎などの古典芸能では「おおぶたい」拡大歌舞伎などの古典芸能では「おおぶたい」
 ある日テレビを見ていると、アナウンサーが「こうしたオオブタイで活躍するのは……」と言いました。恥ずかしながらすぐに漢字が浮かばず、「大舞台」と頭の中で変換できたのは数秒後。そういうときは「ダイブタイ」と言うんじゃなかったっけ。そう思って「広辞苑」を引いてみると、「オオブタイ」しか載っておらず、「ダイブタイ」はありませんでした。単に勘違いをしていただけかと他の辞書を引いたところ、ほとんどが広辞苑と同様でした。が、「大辞泉」の「おおぶたい」の項には

1 大きくてりっぱな舞台。

2 俳優の堂々とした演技。

3 自分の力量を存分に発揮できる、晴れの場所。檜舞台。「一度は……の甲子園に出てみたい」

[補説]3は、「だいぶたい」と読むこともある。

と、ダイブタイという読みが挙げられていました。

◇古典芸能の時には使い分け

 話し言葉、アナウンスでしばしばお手本とされるNHKは、どう規定しているのでしょうか。NHK放送文化研究所によると「放送では、古典芸能のときは『オーブタイ』のみ、それ以外のときは『ダイブタイ』または『オーブタイ』の両方の読み方をしている」とのこと。冒頭のアナウンサーは、さすがに「正しい使い方」ということになります。

 これは「オーブタイ」が慣用的な読みとして定着している歌舞伎などの古典芸能に対し、「晴れの場」「活躍の場」という意味ではダイブタイという人が多くなっているためです。ちょうど大辞泉の3の意味にあたります。

 朝日新聞の記事で「大舞台」が使われるケースをみてみると、「決勝の大舞台」「ずっと目指してきた(五輪の)大舞台」のように、スポーツに関する記述が圧倒的に多く、これらもNHKの考え方に従えばダイブタイと読むことになります。

◇大地震はどちら?

 大舞台のように、大をつけて程度の大きさを表す表現としては、大きな被害をもたらした「大地震」もあります。オオジシンかダイジシンか、ダイシンサイとしか読まない「大震災」とは異なり、どちらも聞いたことがあるのではないでしょうか。

 NHKは「○オージシン ×ダイジシン」(NHKことばのハンドブック)としており、放送ではダイジシンとは発音しないようです。

 一方、辞書を引くと、オオジシンのみを見出し語にしているもの、両方の読みを見出し語にしているもの、どちらも載せていないものと様々です。

 50万項目を収録する「日本国語大辞典」は

関東大震災を伝える1923年9月3日付大阪朝日新聞。「だいぢしん」の読みがながある(赤線部)拡大関東大震災を伝える1923年9月3日付大阪朝日新聞。「だいぢしん」の読みがながある(赤線部)
「おおじしん」

だいじしんにおなじ

「だいじしん」

大きな地震。おおじしん。

とにべもありませんが、広辞苑は

「おおじしん」

広域にわたり被害の大きい地震。また、ゆれの大きな地震

「だいじしん」

マグニチュード七以上の地震。それより小さいものに中・小・微小などの地震がある。

と書き分けています。このダイジシンの概念は、地学、地震学の定義のようです。「地学事典」(地学団体研究会編)の「地震」の項には、以下のように書かれています。

 「地震はマグニチュード(M)により、極微小地震(M<1)、微小地震(M=1~3)、小地震(M=3~5)、中地震(M=5~7)、大地震(M>7。特にM≧7.8のとき巨大地震)に分け……」

 Mの大きさによって地震を分類していて、その中の一つに「大地震」があります。

 日本地震学会のウェブサイトでは「大地震の呼び方は『おおじしん』でよい。ただ、『だいじしん』と呼んでも間違いではない。『だいじしん』というのは地震の規模(マグニチュード)に対する階級を表しており、M7以上の地震を指す」としています。小、中に対する大なので、読み方は「だい」となるわけです。

 最初に地震の規模をMで表したのは米国の地震学者リヒターで、1935年のことでした。Mに対応した極微小~巨大という地震の分類はそれ以降に生まれたものです。他にも辞書をめくってみると、「新明解国語辞典」は

「おおじしん」

震度が大きく、被害が広範囲にわたる地震。(地域名・年号を冠して言う時は「ダイジシン」と言う)

「だいじしん」

「おおじしん」の新しい言い方。

としていて、「新しい言い方」という説明に納得しそうになります。しかし、ダイジシンという読みはもっと古いもののようです。日本国語大辞典によれば、平家物語をローマ字で表記した「天草本平家物語」に「daigixin(ダイジシン)」が登場します。これは安土桃山時代、豊臣秀吉の晩年、1592年にイエズス会によってまとめられたもので、彼らがダイジシンという音を聞き取って書いたことになります。

◇関東大震災の紙面を見ると

 朝日新聞ではどうでしょうか。関東大震災を伝える1923年の記事をみると

1923年9月8日付大阪朝日新聞。こちらは「おほぢしん」拡大1923年9月8日付大阪朝日新聞。こちらは「おほぢしん」
 「再度の大地震(だいぢしん)のあるのを予測してか……」(9月3日付)

 「此大禍災を発生せしむる原因は大地震(だいぢしん)以外にもあることを忘却してはならぬ……」(9月28日付)

 のように、「だいぢしん」と読みがなを振っています。

 ただ、同じ時期でも

 「一日正午大地震(おほぢしん)の際摂政宮殿下には……」(9月8日付)

 「大地震(おほぢしん)による災害は貧富貴賤無差別平等に来た……」(10月1日付)

 と「おほぢしん」という読みがなを振っている場合もあり、両方の読みが許容され、揺れていたことがうかがえます。最近の記事では、難しい言葉ではないため読みがなを振ることは少ないのですが、子ども向けの記事や意図的に読みがなを多くしたコラムで「だいじしん」と振っている例があります。

 

 一般的に程度を表す「大」は、続く言葉が漢語(漢字を音読みする言葉)や外来語であればダイと読み、和語(漢語、外来語以外の言葉)であればオオと読むとされています。前者は大往生、大英断、大洪水、大スターなど、後者は大一番、大風呂敷などです。

 地震や舞台は音読みする漢語なので、この原則から言えばダイとなりますが、これまで見たようにオオが「本来的な」読み方とされています。これらは身近な言葉なので和語として認識され、オオと読むようになったとも考えられますが、例外も多く一概には言えません。

 「嫌い」「好き」は和語ですが、「大嫌い」「大好き」を「オオキライ」「オオスキ」と読む人はいないでしょう。大時代、大人数なども原則からは外れています。かつて「大迷惑(だいめいわく)」というヒット曲を出したロックバンドがありましたが、大正時代の宇野浩二の小説では「おほ迷惑」と書かれています。

 言葉の正しさは理屈で説明しにくいことがあり、時代とともに変わるものでもあります。ダイとオオの揺れの中に、変化のダイナミズムが垣間見える、と言ったら少しおおげさでしょうか。

桑田真