メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

ことば談話室

常夏に思う この夏の記憶 -上-

池田 博之

 節電の暑い夏も、女子サッカーW杯でのなでしこジャパンの活躍で、一陣の清涼な風が吹きわたった感があります。彼女たちの華麗なプレーは、ナデシコの薄紅色をした、たおやかな花姿に重なります。秋の七草の一つに数えられるナデシコは、漢字では「撫子」「瞿麦」と書き、思わず撫でたくなるような愛する子に擬しています。

 ナデシコの異名は「常夏(とこなつ)」。夏から秋にかけて花期の長いことから名づけられたようです。平安時代の歌に

 春秋とにほふ中にも常夏の花にしくべき花のなきかな(祐子内親王家小弁)

◇光源氏と一葉の「なでしこ」

「源氏物語」常夏の巻のなかで、光源氏が詠む歌には、

カワラナデシコ拡大カワラナデシコ=東京・小石川植物園
 撫子のとこなつかしき色を見ばもとの垣根を人やたづねん

があります。撫子は、源氏17歳夏に出会った恋人夕顔の忘れ形見、玉鬘(たまかずら)のこと。とこなつかしきは「常懐かしき」とナデシコの「常夏」の掛けことばになっています。

 時を下って明治。樋口一葉の歌。

 ねぶりけりたが床夏の花ぞとも知らでや蝶の我ものにして

 ひそやかな恋の歌でしょうか。一葉が詠むと常夏の情熱もひんやりとした感触を漂わせているように思えます。一葉22歳の夏。明治27(1894)年。24年の生涯で十数回も引っ越した一葉はこの年の5月、終焉の地、東京市本郷区(現文京区)丸山福山町に転居したばかりでした。しかも、この地で短い間に、小説「にごりえ」「たけくらべ」「十三夜」などの傑作を書きました。

 源氏の夏、一葉の夏。遠い昔から人間はさまざまなことを記録し、記憶してきました。先日、国立西洋美術館で開催されている「大英博物館 古代ギリシャ展」を見てきましたが、そこで深く思ったことも、この「記憶」のことです。2千年以上前の記憶。運動選手の躍動する身体が大理石の彫刻に固定されて目の前にありました。赤と黒の色鮮やかな壺には、ギリシャの神々の世界が表情豊かに描かれていました。

◇聞こえぬもの、見えぬものへ

 「記憶」とは「一度経験した物事を忘れず、心にとどめておくこと。また、その心にとどめられた物事」(日本国語大辞典)。

 『生物と無生物のあいだ』を書いた生物学者の福岡伸一さんは、記憶について考察するなかで、「私たちの脳にはランダムなものの中に、できるだけ法則やパターンを見出そうとする作用が加わってきた」(『動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか』〈木楽舎〉)と述べています。記憶されてきたものの向こうには、忘却の広野が横たわっています。

 「忘れる」とは「(自動詞で)覚えていたことが自然に頭から消える。ある物事の記憶がなくなる/(他動詞で)物事についての記憶をなくしてしまう。失念する」(日本国語大辞典)。福岡さんは同じ著書のなかで「世界は私たちの気がつかない部分で、依然として驚きと美しさに満ちている」とも書いています。

 見えないものを見ようとし、聞こえないものを聞こうとしてきたのも人間です。

 大英帝国も華やかなりしころに詩人ジョン・キーツは、「ギリシャの壺のオード」で壺の絵に思いを寄せます。

 聞ゆる楽の調(しらべ)は美しい、さあれ 聞えぬものこそ

 更に優りて美しい。されば ゆかしき笛よ、やまず奏でよ

  (対訳キーツ詩集〈岩波文庫〉、宮崎雄行訳)

 光源氏のお屋敷・六条院に身を寄せる玉鬘も、聞こえぬ音に耳を澄まします。

 声はせで身をのみこがす蛍こそいふよりまさる思ひなるらめ

 夏の闇夜に浮かぶホタルの光に、人は人の魂を見ます。

 歌人、窪田空穂は幼子を残し早世した妻を悼んで詠いました。

 其子等に捕へられむと母が魂(たま)蛍と成りて夜を来たるらし

 鎮魂の夏。

池田博之

 ※―下―は8月掲載予定です。