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ことば談話室

冷房も言葉も「温度調節」が肝心~原発事故をめぐって

加勢 健一

 「漁港の集約については、県でコンセンサスを得るよう努めてください。そうすれば我々としても様々な方策がとれる。ひとつしっかりとお願いします」

 

 ――言っている中身は同じでも、たとえば話しぶりがこんな風に柔らかければ、東日本大震災の復興を指揮する松本龍・復興担当相が辞任に追い込まれることはなかっただろう。ご存じのとおり、宮城県知事の村井嘉浩氏に放った実際の言葉は「県でコンセンサス取れよ。そうしないと、我々は何もしないぞ。ちゃんとやれ」だった。指導力を発揮しようと気負い、熱くなりすぎたか。

◇アツくなりすぎてダウン?

 「長幼の序」よろしく、上から目線の発言が四方八方から批判された。わずか2日後、7月5日の辞任会見で松本氏は「被災者に人一倍寄り添っているつもりだったが、言葉が足りなかったり荒かったりして被災者の心を痛めたことを本当におわび申し上げたい」と弁明した。

拡大「上から目線」の言葉遣いが問題になった松本・村井会談

 震災の余波は、全国に広がりつつある。各地の原発停止のあおりで「電力が足りなくなるおそれがあるから節電を」と国や電力各社が訴えている。だがそんなことはお構いなしに、今夏もやたらに暑い。総務省消防庁によると、7月4~10日の1週間に熱中症で救急搬送された人は全国で4520人。前年の同じ時期(1040人)の4倍超だ。家庭で10~15%の節電をするとなると、最も電気を食うクーラーを控える必要があるが、過度な節約がかえって熱中症患者を増やす、というジレンマがある。

 猛暑のなかエアコンを我慢しすぎて体調を崩す。立場をわきまえずにとがった言葉を振りかざして反感と失望を買う。――冷房の温度設定も言葉尻も、適度な調節が肝心、と言いたい。

◇「調節」は日本語の得意技

 日本語には古くから、対人関係を円滑にする調節機能が発達してきた。丁寧語、尊敬語、謙譲語を軸に、相手の立場や状況を思いやる工夫は様々。物事を断る際にも「嫌です」とはっきり言わず、「結構です」とか「いいです」とか「今回はちょっと」とかとやんわり伝える。もし、かつての教え子から「つまらないものですが」と差し出されたお中元の中身が夕張メロンだったとしても、別に不自然ではない。「夕張メロンはつまらない」などと言うつもりではなく、恩師に贈り物をする際に粗相のないよう、礼節を示す意味があるからだ。

 一般人にまして、政治家や官僚は本来、言葉遣いには敏感と見える。「放言」を食らった村井知事にしてみれば、売られたケンカを買って激しい言葉でやり返す方法もあっただろう。しかし実際は、記者会見で「国と地方自治体に主従関係はない」と事実を指摘したうえで、松本氏の口ぶりについて「命令口調でなく、互いの立場を尊重した話し方のほうがよろしいのではないか」と言うにとどめた。知事の冷静な対応と穏やかな言葉は、いっそう松本氏の荒っぽさを際立たせる格好となった。

◇「まやかし」に似た原発用語

 半面、当たりさわりのない言葉は時として、あいまいでふやけた、実のない表現に映る。

 「対応を協議する」「前向きに検討する」などは、本当に実行に移してくれるのかどうかすら定かでない、役所言葉のお手本だ。6月20日に成立した震災の復興基本法では、今後の復興事業を統括することになる「復興庁」の創設時期について「できるだけ早期に」としか定めておらず、心もとない。様々な方面に配慮し、あらかじめ批判の芽を摘むように抑制を利かせたもの言いは、一般市民にはわかりにくく、おぼつかない。

拡大40年を超えての運転が取りざたされる関西電力美浜原子力発電所

 原発に関して言えば、行政や電力会社が操る専門用語はわかりにくさの塊だ。たとえば、福井県の美浜原発や敦賀原発を指して「高経年化原発」という言葉が使われている。「運転開始から長い年月を経たこと」を意味するというが、それなら「老朽化」というぴったりな言葉があるではないか。「長い年月を経てはいるが、老朽化はしていない」とでも言いたげだ。北海道の泊原発は「調整運転」を続けているという。手加減しながら調子を確かめているのかと思いきや、実態は「フル稼働」だそうだ。酒席で乾杯前に「練習だ」と言いながら杯を重ねてへべれけになることとは訳が違う。手前の都合のいいように言葉を穏当な方向へ「調整」しているのだとすれば、それはまやかしのようなもので、真実は姿を現さない。

 わかりにくいものの中でも原発事故以降、とりわけ違和感があるのは「ただちに影響はない」という表現に違いない。放射線の健康への影響について説明する、政府の決まり文句のことだ。「ただちに~ない」と言うなら、当面は大丈夫ということか。では何年たったころから人体に影響が出始めるのか。国民が求めているのはその場しのぎの安心ではなく、科学的な根拠と具体的な備えのはず。生ぬるい言葉からでは、多難な時代を生き抜く力は得られない。

加勢健一