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ことば談話室

ラムネかサイダーか――問題は……〈下〉

細川 なるみ

 前回、サイダーとラムネはヨーロッパ生まれのシードルとレモネードに由来するというお話をしました。では、なぜ日本では同じ味になってしまったのでしょうか。今回は本邦に話を移します。

■「鉄砲水」に抜刀騒ぎ

ラムネ拡大サイダーやラムネから生まれたお菓子も数多い。ラムネ菓子なのに「サイダー味」があるのは、「ラムネ味のラムネ」では説明にならないから?
 日本における炭酸飲料の歴史は、1853(嘉永6)年のペリー来航までさかのぼります。ペリーは艦上で江戸幕府の役人に「炭酸レモネード」なる飲み物を振る舞ったとされ、この時、コルク栓を抜く「ポン」という音に驚いた役人たちが、銃声と勘違いして刀を抜きかけたという逸話も残っています。「鉄砲水」とも呼ばれたこの飲み物は、砂糖とレモンの香料で味つけした、現在でいう日本のラムネやサイダーとほぼ同じものだったようです。

■「レモン水」と「シャンペンサイダー」

 国内ではじめて炭酸飲料が製造されたのは、その12年後。全国清涼飲料協同組合連合会のサイトによると、1865(慶応元)年に長崎の藤瀬半兵衛氏が売り出した「レモン水」が日本のラムネの先駆けだそうです。ただ、「レモン水」という呼び名は広まらず、その後、ほかの業者も類似品をつくるようになり、「レモネード」がなまった「ラムネ」の呼び名が一般化しました。

シャンペンサイダー拡大日本のサイダーの元祖、「シャンペンサイダー」が形を変えて残っていました。水にとかして飲む、なつかしのドリンクです
 一方、国内初のサイダーとされるのは、1868(明治元)年に英国人のノースレー氏が、横浜の外国人居留地でつくった「シャンペンサイダー」。シャンペン(シャンパン)といってもアルコールではなく、炭酸水にパイナップルとリンゴの複合香料で香りをつけたもの。いわばシャンパンやシードルの代替品だったわけですが、それでも当時の日本人にとっては高嶺(たかね)の花。居留地や外国の艦船向けに売られ、日本人は富裕層や政府要人などほんの一部の人しか口にできませんでした。当時の日本人が、西洋の甘くはじける「文明開化の味」にどれほどの憧れを抱いたかは想像にかたくないでしょう。

 やがて明治に入って、兵庫や岐阜、東京などでも次々に日本人の手によるラムネやサイダーが誕生しました。代表的なものに、1907(明治40)年に発売された「平野シャンペンサイダー」(のちの三ツ矢サイダー)があります。製造元のアサヒ飲料(東京)のサイトによると、1884(明治17)年から兵庫県にある平野鉱泉の水(天然炭酸水)を飲料用に売っており、これに香料と甘味料を加えたものをシャンペンサイダーとして売り出したそうです。そば一杯3銭の時代に、一本10銭。「水代わり」に飲むにはさすがに高価ですね。

■「高級感」の区別は薄れ

 当時のサイダーは「シャンペン」などおしゃれなイメージをうたうものが少なくなかったせいか、世間には「ラムネは庶民のもの、サイダーは高級なもの」という印象が強かったそうです。時代が下るにつれてそうした区別は薄れ、現在ではラムネとサイダーはほぼ同じ成分のものを指すようになっています。

 このように、一応は別々の来歴を持つラムネとサイダー。ラムネはかつて「庶民の味」と言われたように、いまでも夏祭りや花火大会など日本の夏とは切っても切り離せない、どこかなつかしいイメージがともないます。子どものころ、中のビー玉が欲しいのになかなか取り出せず、ついには瓶を割ってしまったという人も少なくないでしょう。

■やっぱりキモはそれだった

 ここで注目したいのが、ほかでもないその瓶。実は、現在ラムネとサイダーを分けるのは、中身ではなく「どんな容器で売られているか」なのです。

 ビー玉で栓をした、真ん中がすぼまった瓶がラムネ。細身の瓶に王冠栓をしたのがサイダー。これは、1899(明治32)年に横浜で発売された「金線サイダー」が王冠栓を採用したころから、「玉入りがラムネ、王冠栓はサイダー」という区別が定着したためです。

 王冠栓は、ペットボトル入りサイダーの登場であまり見かけなくなりましたが、地サイダーやビールなどにいまも使われています。

サイダーの王冠栓と、ラムネのビー玉栓拡大サイダーの王冠栓と、ラムネのビー玉栓。違いは、やはりここに

 そもそも、日本に炭酸飲料が入ってきた当初は、王冠栓もビー玉栓もありませんでした。これらを本格的に輸入する以前は、「キュウリ瓶」と呼ばれる底がまるくて「自立」できない細長い瓶にコルクで栓をし、寝かせて販売していました。その後、イギリスで発明された現在の底が平らなビー玉栓の瓶が輸入されるようになり、1890年ごろには国内でも生産され始めました。しかし1892年にアメリカで王冠栓が発明されると、製造・回収に手間がかかるビー玉栓の瓶は廃れてしまい、現在では日本くらいでしか見られません。

 歴史をひも解いてみると、サイダーやラムネの語源となったとはいえ、シードルもレモネードも、そのものが日本に入ってきて変化していったわけではないようです。むしろ、「西洋のおしゃれな飲み物」というイメージ先行で取り入れられ、名前だけが残ったという方が近いかもしれません。

 近年ではラムネを海外に輸出する動きもあり、独特な形の瓶が珍しがられているそうです。冬場に国内での売り上げが落ち込むことから、アジアのほか南半球など暖かい国に販路を求めたというのが実情のようですが、西洋生まれの飲み物が日本文化として世界に進出することには一種の感慨を覚えます。

■グラスで出されたら、それは…

 それにしても、違いが瓶の形だけなら、グラスで出されたら区別がつかないのでは?と思う方もいらっしゃるでしょう。

 それなら心配はご無用。グラスで出てきたら、それは九分九厘サイダーです。たとえ瓶の段階でラムネであっても、グラスに注がれた瞬間にサイダーになるとでも言いましょうか。ラムネをラムネたらしめているのは、あのビー玉入りの独特な瓶。瓶が主役の飲み物を、グラスで飲むのは無粋というもの。「ラッパ飲みでなくお上品に飲みたい」という向きは、ラムネはあきらめてサイダーをどうぞ。

(細川なるみ)