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ことば談話室

水のないプールとか、うで肉とか――関東人はミタ

三原 紀子

 東京から大阪に異動してきてもうすぐ3カ月。生まれてからのほとんどの人生を首都圏の東急線沿線で過ごしてきた私にとって、初めての大阪生活です。「キタ」と言っただけで発音を直されて無口になる私を、「ことば談話室」の担当者は一向に気にする様子もなく「何か一本書いてえ。こっち来て、へえと思ったことばについて書けばええから」。そんなんでええんでしょうか(これでいいのかな)……。

 では早速大阪のことばハンティングに出発。最初に見つけたのが「モータープール」の看板です。

拡大泳げません
 これは関東では見たことがありません。自転車を止めて写真を撮っていると、様子を見ていた係の方が「何しとるん?」と話しかけてきました。理由を言うと「そうやなあ、これは大阪しかないなあ」。もう一人のやや若めの方も「そうや、大阪だけや」。うん?京都でも見たことあるような……と考えていると「『冷(れい)コ』も大阪だけやなあ」「『冷コ』なつかし。今大阪でも言わへん」。その後、「冷コ」について生まれも育ちも大阪市内という50代の別の方に聞いてみると「わたしらは普通に使うけどな、今、そういう喫茶店あんまりないからねえ」。中学まで兵庫、その後は大阪在住という30代の方からは「わたしは聞いたことも使ったこともありません」との答えが返ってきました。「『冷コ』リバイバル」、なんてニュースのネタになりそうな兆しは全く見られず、使用率は年齢と比例しているらしい、というありきたりな結果に。

 「へえ」と思うことばを探して、自転車で走り回ってはみましたが、坂がほとんどないから自転車が便利とか、東京にはこんなに昆布屋さんはないなあ、とは思うものの、ことばの違いはなかなか見つかりません。ただ、デパートや洋服店の店員さんなどと話していて、東京から最近引っ越してきたことを伝えると、十数人のうち5人から「おいしいもの食べていってください」という返しが。大阪の人の食に対する誇りを垣間見た気がして、これはいいネタがありそうと、食料品売り場をのぞいてみることにしました。

拡大漢字で書くと「蕪」
 すると東京でも見慣れた食べ物なのに違う名前のものがちらほら。まずは「かぶら」。

 これは分かります。丸くて、つややかな白がまぶしい、春の七草の一つです。すりおろして白身魚やぎんなんに合わせて蒸し、だしの利いた葛あんをかけた「かぶら蒸し」、たまりません。次に見つけたのは「きくな」です。漢字だと「菊菜」と書きます。この言い方は大阪に来るまでまったく知りませんでした。お浸しにしたり、冬になると鍋ものに入れたりすることの多い、ちょっと癖のある葉物野菜ですね。

拡大三度豆

 もう少し野菜売り場をうろうろします。「三度豆」、これにも驚きました。我が家の冷蔵庫にはほぼ切らさず入っていますが、「三度豆」と呼ぶというのは初耳です。東京から大阪に遊びに来た友人も「聞いたことない」。暖かい土地だと年に3回収穫が可能なところからこのような名前がついたとのこと。さやごと食べる細長い緑の豆です。

拡大ひろうす
 場所を移してお豆腐売り場へ。「ひろうす」、これも関東では別の名前で出ていますね。漢字だと「飛竜頭」と書くとか。豆腐をつぶして、刻んだニンジンやひじきなどと混ぜて油で揚げたものです。だしで煮含めると、口にした時にジュワッとだしが広がって、これまたおいしいです。

 精肉売り場に来てみました。「ヘレ」。これを見て四半世紀ほど前、姉が好きな男の子にお弁当を作ろうと、洋風なおかずのレシピを持って買い出しに行った時のことを思い出しました。帰宅早々困り顔で「『フィレ肉』ってどこに売ってるの?」……。関東の精肉売り場ではたいてい「ヘレ」でも「フィレ」でもない名前で売っています。

拡大グリル梵のビーフヘレカツサンド。お父さんも「『ヘレ』って言っとったな」とは2代目二井利治さん

 そして同じく精肉売り場で、全く見当がつかないものを見つけました。「うで」です。前脚の部分でしょうか? それにしては細くもなく、普通の赤身肉のように見えます。とはいえ、「サーロイン」と言えば単純に「ステーキ」と反応し、どの部位なのかも分からないような素人なので、専門家に聞いてみることにしました。

拡大ウデ。見た目もお値段も立派
 全国食肉事業協同組合連合会によると、牛肉の「うで」とは「かた」の別名であり、人間でいうと、肩甲骨の後ろから腕の付け根にかけての部分。もともとは全国的に使われていました。「『うで』の方がより実物に即しているとは思います」とのことでしたが、牛肉と豚肉の部位表示などについて定めた「食肉小売品質基準」(1977年)で「かた」に統一されたため、「うで」表示は少数派になっていったそうです。とはいえ、小売品質基準は消費者が理解できる表示であることが原則なので、地域によってバリエーションがあり、「うで」はその一つと言えるようです。

 「うで」を売っていた数少ない精肉売り場の方に聞いてみました。「『うで』ってどこの部位?って聞かれたことないですか?」。すべての方が「ありません」。

拡大関西風すき焼きは割り下を使いません。右の皿の「糸こんにゃく」にも別名がありますね
 ではなぜ各地で姿を消していった「うで」が大阪では残っているのか。このなぞは大阪の人の牛肉への思い入れの強さが一因かもしれません。総務省の2010年の家計調査によると、2人以上の世帯の牛肉への支出金額は大阪市で3万457円。東京都区部は2万908円。その差は縮まってはいるものの、今でもおよそ1.5倍食べていることになります。すき焼きを食べに行ったときには仲居さんが「東京ではカレーは豚肉でっしゃろ? 大阪だと肉ですものねえ」と言っていて、こちらでは「肉」と言えば牛肉を指すんだなと実感しました。

拡大おまけ。とある料理旅館。そう、あの長くて精がつく……ってよく見たら答え写ってますけど

 今回のコラムでは「うで」以外のことばについては、東京での一般的な呼び方を載せていませんが、読者の方はいくつご存じだったでしょうか。「当たり前すぎて話にならない」という方もいらっしゃると思います。「全く分からない」という方がいらっしゃれば思うつぼです。確認したければぜひ大阪に「いらっしゃ~い」。

(三原紀子)