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ことば談話室

私だけがなぜ悪者?~「ロンリー・ウルフ」(中)

藤井 秀樹

拡大天王寺動物園のオオカミ。みんなで一斉に遠ぼえ
  前回に引き続き、「オオカミ」について、今回は言葉そのものから少し離れ、オオカミが歴史的に人間とどうかかわってきたのかを探る。また、大阪市の天王寺動物園にオオカミの実物がいると聞き、見に行ってみた。その迫力や、いかに……

 オオカミは、かつてはヨーロッパ、アジア、北アメリカに分布していたが、現在では西ヨーロッパと米国の大部分からほとんど姿を消した。日本ではニホンオオカミが本州、四国、九州に広く分布していたが、1905(明治38)年ごろに絶滅。北海道に生息していたエゾオオカミも1900年ごろに絶滅したといわれる。

 外国では牧畜文化の始まりとともに、羊などの家畜を狙うオオカミが害獣とみなされるようになった。農耕社会であった日本では、オオカミは古来、農地を荒らすイノシシや鹿を退治する神の使いとして畏敬されていた。ところが江戸時代中期の1732年に狂犬病が流行すると、感染したオオカミが馬や人間を襲うケースが急増。オオカミは非常に危険な存在として迫害され、開発による生息環境の破壊や、ジステンパーなど伝染病の流行も加わってその数は激減した。

◇悪魔と同一視され

拡大ケルンのオオカミ男の悲しい生涯。脚を切られてオオカミ男と発覚し、刑車に縛られて首を切られ、火刑に処される(池上俊一著「狼男伝説」朝日選書から)
 オオカミは、古代の神話や伝説では死の使者あるいは繁殖力の象徴として、悪魔の代理あるいは聖者の守護として、そしてまた世界の破壊者あるいは支配王朝の祖先とみなされるなど、さまざまな価値観でとらえられていた(エリック・ツィーメン著、今泉みね子訳「オオカミ その行動・生態・神話」白水社)。

 聖書では「邪悪なオオカミ」が悪魔の化身として「良き羊飼い」と対比されている。キリスト教のシンボルである神秘的象徴の子羊をむさぼり食うオオカミは、常に悪意を示すべき唯一の動物として、悪、闇の力、罪を最高度に体現するものとされた(ロベール・ドロール著、桃木暁子訳「動物の歴史」みすず書房)。

 ヨーロッパでは、昼間は普通の人間が、夜間にオオカミに変身し人間や家畜などを襲うというオオカミ男伝説が古代から知られていた。その後15、16世紀になるとオオカミ男は魔女のように、契約により魔王のしもべになっていると考えられ、オオカミ男を訴える裁判が増えた(ローズマリ・エレン・グィリー著、荒木正純、松田英・監訳「魔女と魔術の事典」原書房)。1489年に出版された「魔女への鉄槌」は魔女やオオカミ男の見分け方の手引とされ、これにより多くの人間がオオカミ男だとされて火あぶりの刑に処された。フランスの悪魔学者で魔女裁判官のアンリ・ボゲ(1550~1619)は1598年から1600年までの間だけでも、ジュラ地方で600人のオオカミ男と宣告された人々を、清めの死だとして火刑に処した。また、「国家論」を著したフランスの法学者ジャン・ボーダン(1530~1596)は魔女裁判官でもあったが、彼は「魔術師の精霊崇拝」(1587年)の中で、そもそも本物のオオカミなどというものは存在せず、魔術師と魔女だけがいて、これらがオオカミの姿をしているのだと主張した。こうしてオオカミは悪魔、または「悪」と同一視されるようになった。

拡大山野に捨てられるペスト患者(または死者)を狙うオオカミ(C.-C.&G.ラガッシュ著、高橋正男訳「狼と西洋文明」八坂書房から)
 オオカミは通常、人間を襲うことはめったにないとされる。とはいえ、ハラが減ればなりふり構っていられないのはオオカミとて同じことで、戦争や疫病、飢饉や厳寒期の食糧危機の時には人間を襲うこともあった。戦争があると死者や負傷者は戦場に置き去りにされ、ペストなどの疫病による死者も山野に捨てられることが多かったため、それらをむさぼり食って人食いオオカミとなった。イギリスとフランスの百年戦争(1337~1453年)の末期には、パリの中心部にまで入り込んで人々を襲った。また、ナポレオンの遠征の折には、軍隊の後ろから常に多数のオオカミがつき従っていたという。

 また、フランス中南部のジェボーダン地方では、1765年ごろに山間の放牧地で牛飼いの女性や羊の番をする若い女性が、恐ろしい形相の野獣に襲われ食い殺される事件が続発した。それはハイエナに、またオオカミ、ライオン、リンクス(オオヤマネコ)、熊に似ているとも伝えられ、人々を恐怖に陥れた。このニュースは瓦版などで虚実とりまぜて伝えられ、「ジェボーダンの野獣」としてオランダやドイツにまで広まったという(「世界大百科事典」平凡社)。こういった伝説も、オオカミへの恐怖を駆り立てるのに一役買った。

 さらに恐ろしかったのは狂犬病である。食い殺されないまでも、狂犬病のオオカミにかまれるだけで激しく苦しみながら確実に死を迎えることになる。フランスのパスツール(1822~95)が1885年にワクチン免疫法を成功させるまで、狂犬病は確実に死に至る病であり、特にこの恐ろしい病気をうつすオオカミは恐怖の的であった。ヨーロッパでは多くの国で高額の賞金をかけてオオカミの撲滅に努めた。

 「オオカミ受難三部作」はこのような時代の経過を反映したものであり、日本においても、西洋の童話が紹介された明治時代以降、いまだにその虚像を強烈に残し続けている。

◇本物を見に

拡大飼育員の運ぶ鶏肉の匂いに大興奮。残念ながら他の動物用の餌でした
 大阪市の天王寺動物園ではチュウゴクオオカミが飼育されている。じゃれ合いながら走り回るその姿は、見たところちょっと大型の犬にしか見えなかったが、ほかの仲間からチョッカイをかけられたオオカミが「グウォッ!」と野太い声で威嚇した時は、さすがに犬とはまた違った迫力があり、結構怖かった。いくら普段は人を襲わぬとはいえ、こんなのが集団でウロついている中を通り抜けるのは結構勇気が要りそうである。一対一なら何とか撃退もできようが、それでも手足をかまれるぐらいのことはありそうだし、そこから狂犬病をうつされて、ヨダレをたらしながら死んでいくのはやっぱりイヤである。もし私の娘を、「赤ずきん」のようにオオカミのいる森の中をオツカイにやるとなったら、心配のあまり30分で全身が白髪になってしまうであろう。オオカミの恐怖がすぐ身近にあったヨーロッパで、撲滅に躍起になったのも、またむべなるかなである。

(藤井秀樹)

次回は「悪者じゃないオオカミ」を探しに行きます。

(つづく)