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ことば談話室

私だけがなぜ悪者?~「ロンリー・ウルフ」(下)

藤井 秀樹

 前々回、前回と「オオカミ」という言葉にまつわって書き進めてきた。最終回の今回は、このテーマを取り上げるきっかけとなった「絵本の中のオオカミ」を探ってみた。絵本の中に息づくオオカミの姿とは……。

◇小物感否めず

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 同じ「獲物を襲って食べる」猛獣でありながら、オオカミは虎やライオンとは異質な感じを受ける。「絵本・子どもの本 総解説」(自由国民社)などの著書がある児童文学評論家の赤木かん子さんは、「虎やライオンの方が、体も大きいし、動物の王様にイメージしやすいんでしょう。ヨーロッパにはライオンや虎はいないですから。オオカミが一番身近で、怖い動物だったからだと思いますよ」という。確かに、虎やライオンの風格ある姿に比べ、オオカミは小物の感じが否めない。その分、「食べる」という行為においても、「威厳」よりも卑小な「欲望」があらわになる感じがする。一方、オオカミはイヌの祖先であり、約2万~1万5千年前にチュウゴクオオカミが家畜化されて犬に分かれたといわれている。にもかかわらず、キャラクターとして犬ほどポピュラーでないのは、「それは野生だからです。人間とはかかわりを持たないのが野生なので、物語には組み込みにくいのでしょう」と赤木さん。

 聖書では羊の敵とされるオオカミであるが、一方で同じ聖書の「イザヤ書」第11章には、「狼は羊と共に宿り」、つまりオオカミが羊を襲うことなく、仲良く暮らしていく救世主の時代が訪れると預言されている。絵本の中にも「救いの主」は現れるのだろうか。それとも自分が知らないだけで、とっくの昔に現れているのだろうか。

 近所の図書館に行って探してみると、意外にもオオカミが登場する絵本はたくさんあった。「ともだちや」などの「おれたち、ともだち!」シリーズ(偕成社)、映画化もされた「あらしのよるに」シリーズ(講談社)など、内容もバラエティーに富んでいる。いずれも1980年代以降に出版されたものが多く、私が絵本から遠ざかっていた40年近くの間に、オオカミのキャラクターがずいぶんと様変わりしているのに驚いた。

◇「まぬけ役」が定位置

拡大オオカミ絵本の数々
 絵本に限らず、物語の中のオオカミは、恐ろしい捕食者として登場するものの、目的を果たせずに最後にはマヌケな姿をさらす、というパターンが多い。「オオカミと10ぴきの子ブタ」(評論社)では、ブタ一家のベビーシッターに雇われたオオカミが、ブタの両親がお出かけした隙に末っ子のブタを食べようとして反撃され、川に放り込まれてしまうし、「おおかみペコペコ」(学研)ではペコペコという名のオオカミが空腹のあまり畑のダイコンを引っこ抜き、ウサギやネズミにありつく事を夢想しながらガリガリバリバリ20本も食べ、せっかく獲物を見つけた時には腹がふくれて走れなくなってしまう。「狼と西洋文明」(C.-C.&G.ラガッシュ著、高橋正男訳、八坂書房)によると、暴食はキリスト教の「七つの大罪」の一つとされ、ヨーロッパのキリスト教国は非常に慢性化した飢饉を経験していたから、「大食いの罪」のある物語の中のオオカミはキリスト教の道徳が望むように罰せられなくてはならないのだという。そういえば、英語でオオカミを意味するwolfには動詞で「ガツガツ食べる、どか食いする」という意味もあった。

 「動物の歴史」(ロベール・ドロール著、桃木暁子訳、みすず書房)では「キリスト教文学は、オオカミを侮辱的にけなし、いくつかの異常な形質をかぶせる。それは、オオカミをより憎むべきものにするというだけでなくさらに、軽蔑すべきものにするような形質である。オオカミがひき起こす恐怖に対して、オオカミを笑いものにすることで復讐し、安心する」のだという。それは実際にオオカミの恐ろしさが実感できる時代であれば痛快でスカッとするのかもしれないが、オオカミがほとんどいなくなってしまった現代においては、要領の悪いオオカミが一方的にみじめな思いをさせられているようにも感じられ、痛ましさすら覚える。もちろん、「赤ずきん」や「7匹の子やぎ」では、登場人物が実際にオオカミに食べられる(「3匹のこぶた」でも、元々の話では1番目と2番目の子ブタはオオカミに食われ、3番目の子ブタが最後にオオカミを煮て食べてしまう)という実害があるわけで、それによってオオカミは「倒されるべき敵」として排除する理由になり得るし、現代の作品でもその延長線上として「飢えたオオカミ」「恐ろしいオオカミ」「でもやっぱりマヌケなオオカミ」として描かれるのはわかるのであるが。

 また、「おいしそうなバレエ」(徳間書店)や「オオカミだって…!」(あかね書房)のように、獲物を襲うために登場しながら、シュールな方向に話が展開していくものなどもあるが、これも基本は「捕食者」である。一方でその裏返しとして、「オオカミだあ!」(岩波書店)や、「やさしいおおかみ」(フレーベル館)、「ともだちほしいなおおかみくん」(岩崎書店)のように、本当は心優しいオオカミが、周囲の誤解から怖がられたり避けられたりするパターンも多い。色々なタイプのオオカミが絵本に登場するようになってきているとはいえ、やはりキャラクターのありようが、「獲物を襲って捕食する、恐ろしい(と思われている)動物」という、従来のイメージから抜けきれていない印象を受ける。良く言えばそれだけ印象・個性が強い、今風にいえば「キャラが立っている」ともいえるが、逆に言えばキャラが立ちすぎて、物語の中での使い回しがきかないともいえる。主役や脇役では動き回れても、「その他大勢」のエキストラでオオカミがさりげなく顔をのぞかせるのはまだまだ難しいようだ。絵本専門店「クレヨンハウス」大阪店(大阪府吹田市)の山本能里子店長は、「その他大勢にしてしまうには、一般的な印象としてのオオカミの個性(一匹オオカミ的なイメージ)が強すぎ、どうしても目立ってしまうからではないか」という。

◇これからのオオカミ

拡大 セレッソ大阪のキャラクター「ロビー」(C)1994 OSAKA F.C.
 オオカミは、常に腹をすかせて獲物を狙ってばかりいる、コワモテな存在でなければならないのか。これについて、NPO法人「『絵本で子育て』センター」(兵庫県芦屋市)の森ゆり子理事長は、「動物は他の生き物の命を食べて生きているし、食べなければ死んでしまう。人間も動物の肉を食べ、魚を食べ、他者の命をいただいて生きている。『3びきのこぶた』にしても、悪いオオカミがこぶたを襲ったということだけでなく、色々なことを感じてもらえればいい」という。山本さんも「他の動物とは少し性格の違う個性や存在感はあった方が、物語をよりワクワクしたものにしてくれる。『普通』になってしまったら、もはや絵本に登場することができません。絵本の登場者はどれも、常に個性的であってほしい」という。

 梅花女子大学(大阪府茨木市)児童文学・絵本センター長の香曽我部秀幸教授は、これからの新しいオオカミの描かれ方について、「従来のオオカミ像に基づいた〈滑稽にそして軟弱に擬人化されたオオカミ〉ではなく、野生のエネルギー(生命力)に満ちた、孤高を保つオオカミ像が描かれるべきだろう」という。また、絵本ではないが、サッカー・Jリーグのセレッソ大阪では、チームキャラクターとしてオオカミの「ロビー」が、知性と俊敏性、さらにグループで狩りを行うという団結力の象徴として描かれている。これからの絵本の中でも、こうした本来の長所を生かしたオオカミ像がもっと描かれてもよいと思う。

◇求めたキャラ、こんなところに

 とはいうものの、何かこう、普通に動物の一員として、オオカミが空気のようにさりげなく出てくるような絵本も見てみたい。と思っていたら、森さんから、「ぐりとぐら」にオオカミがエキストラで登場していると教えていただいた。「ぐりとぐら」は、長女と時々行っていた近所の児童館に置いてあるのをパラパラとめくったことはあったが、いかにも「お子様に読ませたい定番中の定番」としてゴリ押しされている印象があり、なんとなく敬遠していた。さっそく買い求めて開いてみると、確かにオオカミが、それも他の動物たちとみんなで、ぐりとぐらの作ったカステラを仲良く食べている。こんなところにいたとは、死角を突かれた思いであった。

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 図書館ではこんな絵本も見つけた。ウクライナの民話「てぶくろ」(福音館書店)。雪の森の中でおじいさんが落とした片っぽの手袋に、小さなネズミから大きな熊まで、7匹の動物が次から次へともぐり込んでいく不思議なお話。この7匹の中にオオカミも登場する。このオオカミは目がカッと見開いており、ワニのような形相で結構コワイのだが、動物たちは別に恐れる風もなく平然として手袋の中に迎え入れる。私は思わずうれしくなってしまい、妻にその話をしたところ、「それ、結構有名な物語よ。知らなかったの?」と言われてしまったので、なんだかガッカリしてしまった。

 奥付を見ると、「てぶくろ」は1965年、「ぐりとぐら」は67年の出版。いずれも私が生まれる少し前の作品である。「救いの主」がすでに現れていたことに私は何となくホッとすると同時に、幼少時にこれらの絵本に出会えなかったことを非常に残念に思った。

 比較的新しいものでは「あいうえおおかみ」(工藤直子作、保手浜孝絵、小峰書店)が良かった。赤い雨靴をはいたオオカミが、あいうえお、かきくけこ……と言葉の町を旅しながら、動物たちと楽しく遊ぶ。ヤギと野球、ロバとリコーダー演奏、ブタとボウリング……。ページの縁取りにあしらわれている飾り絵も、そのページの言葉に対応していてボリュームもあり、言葉遊びの絵本としても秀逸。個人的には、こういった絵本がもっと増えて欲しいと思う。 

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 最後に、山本さんから紹介していただいた、最高に面白かったものを。「3びきのかわいいオオカミ」(ユージーン・トリビザス作、ヘレン・オクセンバリー絵、こだまともこ訳、冨山房)。3匹の心優しきオオカミの兄弟が、力を合わせて立派なレンガの家をこしらえ、仲良く暮らす。そこへ悪い大ブタがやってきて、「おい、ちびオオカミ、中に入れろ!」と脅すがオオカミたちは当然これを拒否する。最初からレンガで丈夫な家を造ってあるので、物語はこれ以上発展しなさそうなものであるが、この大ブタ、とんでもない悪ブタで、どこからか大きなハンマーを持ち出し、せっかく造ったレンガの家をどっかんどっかん叩き壊す。命からがら逃げ出したオオカミたちはさらに頑丈な家を造るが、大ブタはそんなことは意にも介さず、電気ドリルにダイナマイトと、ヤクザ顔負けの手段でそれらをことごとくフンサイしてしまう。追いつめられたオオカミたちが最後にとった手段とは……気になる方は、ぜひご一読を。

(おわり)

(藤井秀樹)



おまけ