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ことば談話室

病気と「名前」とも闘う――ノロウイルス

 寒い日が続きますが、体調を崩している方はいませんか。

見出し拡大「ノロウイルス」の見出しがついた記事
 この時期にはやるのが「ノロウイルス」感染症です。嘔吐(おうと)や下痢の症状が出て集団感染を起こすこともあります。そうなると、新聞では「ノロウイルスに○人感染」などの見出しで流行していることを伝え、うがいや手洗いを促す記事を載せることになります。

◇「ノロウイルス」に父の訴え

 この「ノロウイルス」感染症について、呼び方を「変えてほしい」と報道機関などに訴える野呂さんがいるとの記事が昨年11月29日の朝日新聞朝刊に載りました。3人の子どもがいるという30代の野呂さん。子どもたちが嫌な思いをしないようにと訴えてきました。

 確かに自分の名前に「ウイルス」が付くというのはいい気持ちがしません。小学生くらいの年代ではからかい文句になることもあるかもしれません。どうしてこんな名称がついたのか、国立感染症研究所に取材しました。

 この感染症を起こすウイルスは、1968年にノーウォーク(Norwalk)という米国オハイオ州の街で流行した胃腸炎の患者の便から、72年に初めて見つかりました。その後、同じようなウイルスが世界各地で見つかり、見つかった場所の名からハワイウイルス、メキシコウイルスなどと名付けられました。それらが一つのグループにまとめられ、暫定的に「ノーウォークウイルスのようなウイルス」という意味で「ノーウォーク様(よう)ウイルス」(Norwalk-like viruses)と呼ばれるようになりました。

 それがウイルスの分類を決める国際組織「国際ウイルス分類委員会」(International Committee on Taxonomy of Viruses:ICTV)によって正式に命名され、先頭のNorを取った「Norovirus」(ノロウイルス)が属名に付けられたのです。ICTVの命名の決まりで「なるべく短く」という制約がある中で、発見地をにおわせられる名称として選ばれたようです。

ウイルスの表拡大「ノロウイルス」の仲間のウイルス
 ICTVの分類表(左図)によると、「ノロウイルス」属(Genus)に「ノーウォークウイルス」種(Species)一つが入っているという位置づけです。これは各地で見つかったウイルス(株)が、宿主(ウイルスが寄生する生物、この場合はヒト)や引き起こす症状が同じため、種としても一つのグループとされたためです。種名には、最初に見つかったウイルス株の名称である「ノーウォークウイルス」が採用されました。つまり今のところ、属名のノロウイルスでも種名のノーウォークウイルスでも指すウイルスの一群は全く同じなのです。

 野呂さんはICTVにも訴えました。ICTVは野呂さんの気持ちを理解して、昨年9月、名称は変えないものの、属(Genus)でなく種(Species)の名称で呼ぶよう報道機関などに求める文書を出しました。

 ただ現在、報道現場や公共機関で変更されるには至っていません。国立感染症研究所は昨年12月の病原微生物検出情報月報(Infectious Agents Surveillance Report: IASR)で「我々が通常使用している“ノロウイルス"という呼び名は、Genusを示すものであり、Speciesを示す物ではない。ノロウイルス属に他のウイルス種が発見されると、この呼び方を改める必要が出てくる」と書いています。今後の動きに注目したいと思います。

◇「痴呆」から「認知症」へ

 人々の訴えによって病名等が変わる、という事例はあります。

 2004年には「痴呆(ちほう)」が「認知症」になりました。名称自体が差別的で偏見を生むなどとして、国が法令の用語変更を決定。報道機関もそれに倣いました。

 20年ほど前に亡くなった筆者の祖母は、亡くなる6年前から痴呆の症状が出始め、家族が介護にあたっていました。そのころ「痴呆」と共によく使われたのが、同じような意味を持つ「ぼけ老人」でした。筆者は当時、小学生で痴呆の意味は知りませんでしたが、「ぼけ老人」には、強い抵抗感があったことを覚えています。

 孫の名前が分からなくなってからも、幼い私の洋服を直そうとしたり、段差で私の手を引こうとしたり。そんな祖母が「ぼけ老人」と呼ばれるのは蔑まれているようで嫌でした。

 それから10年、「痴呆」は「認知症」に変わりました。厚生労働省が04年12月24日、「認知症」を使うよう各機関に要請。朝日新聞は翌日付で表記を変更することを伝える「おことわり」を載せました。<法律上の用語は2005年の介護保険法改正で変更>

 印象的だったのは、名称変更と時期を同じくして、患者本人の声が紙面で大きく取り上げられるようになったことです。

 「この病気が恐ろしいのは、自分が壊れていくのがわかることです。考えられるから、よけい苦しい」

 04年8月1日の朝日新聞の記事「私はアルツハイマーです<上>」で紹介した女性患者の声です。彼女は病名告知後のつらい時期を乗り越え、患者自身の思いを伝えようとしていました。3日付の「私はアルツハイマーです<下>」では、「痴呆と呼ばれるのはいややね。何もわからん人間みたいで」という別の患者の声も載りました。

 それまでもこの病気についての新聞記事はありました。しかし、負担を抱え込む家族の視点から、社会で支える仕組みの必要性を訴えるものが主流でした。

 患者本人がこんなにはっきり自分の思いを発信できることは筆者には驚きでした。けれど、それこそが病気への偏見をなくし、患者や家族を支えることにつながる道だと、希望を感じました。

 その後、「認知症本人の声/聞こう生かそう」(05年6月19日)、ひと欄「認知症の当事者として講演活動を続ける」(同12月9日)など当事者の声を伝える記事は続きました。

 このような変化は痴呆から認知症へと、名称が変わったことと無関係ではないと思います。「痴呆の人が何か話した」というのと、「認知症を患う人がこう話している」というのでは、印象は大きく違います。たかが名称とは言えないのではないでしょうか。

◇「四日市ぜんそく」の歩んだ道

四日市拡大青空の四日市市=市提供
 もちろん病名を変えなくても、人々が受ける印象を変えていく取り組みはあります。

 三重県四日市市は1960~70年代、コンビナートが出す煙が大気を汚し、たくさんの人が呼吸器の疾患に苦しみました。「四日市ぜんそく」と呼ばれ、高度成長期に起きた公害病の代表として取り上げられました。

 現在の四日市市は、この歴史を教訓に工場の排煙規制を進め、きれいな空気に改善されました。しかし、今でも四日市というと「四日市ぜんそくの町」というイメージが残っているのは確かです。

 ただ、四日市市は病名を変えるのではなく、きれいになった四日市をアピールすることにしました。その取り組みの一つが、教科書会社への働きかけです。子どもたちに公害病についてだけでなく、その後の環境への取り組みを一緒に学んでもらえれば、市のイメージ改善につながる、と考えたのです。

 その要望が実り、昨年、光村図書出版など2社が、小学校の先生が授業を組み立てるときに参考にする指導書に四日市市の環境改善への取り組みを掲載したのです。この経緯が2011年6月22日朝日新聞朝刊(名古屋本社版)に紹介されました。

 指導書には「青空が戻ったまち・星空の街」と題して、澄んだ青空が広がるコンビナート地帯の写真も掲載されました。改善しようとした人々の努力と成果といった「公害後」に目を向けること。それは市のイメージ改善のためだけでなく、これからの社会を創る子供たちにとって得るものがあることではないでしょうか。

 名称変更の是非だけにとらわれず、名称を変えてほしいという人が抱える問題や苦しみに目を向け、前向きな取り組みも紹介できる新聞でありたいと思います。

(柳沢敦子)