メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

ことば談話室

「年度」あれこれ――4月始まりは当然?

桑田 真

 4月、新年度を迎えてはや2週間。入学や就職、職場の異動など、心機一転して新年度をスタートさせた方も多いのではないでしょうか。私は職場こそ変わっていませんが、保育園に入園した娘と息子を毎朝送り届ける生活になりました。初めて「登園」した日は、子どものころに感じた期待と緊張が入りまじった気持ちを思い出しました。

◇4月は変わり目、要注意

桜坂の桜拡大平年より遅れて見頃を迎えた桜=6日、東京都大田区の桜坂

 年度替わりが近づくと、私たち校閲記者は記事や見出しの「今年度」「新年度」といった表現に注意します。同じ「今年度」と書いても、3月中は2011年度、4月に入れば12年度を指すからです。4月1日付の朝刊をつくる3月31日には、特に気をつけます。また、年明けの1~3月に「来年度」と書くと12年度か13年度かわかりにくい場合があるため、「新年度」とするよう促したりもします。

 新年度は春4月から。当然のことのようですが、なぜカレンダー通りに1月からではいけないのか。考えてみれば不思議です。学校や官公庁の年度が4月から始まることになった経緯を調べてみました。

◇役所も学校も、明治には……

 日本の官公庁の会計年度は、もともと4~3月ではありませんでした。明治時代の初めには、暦通りの1~12月だったことがあります。その後10~9月などと変更を重ね、今の「4月から」になったのは1886(明治19)年です。

 「稲作の準備に取りかかる時期だから」「地租(土地税)の納期と関係しているため」など、その理由は諸説あるものの、はっきりしないようです。現在は財政法11条に「国の会計年度は、毎年4月1日に始まり、翌年3月31日に終わるものとする」と定められています。

 一方、学校制度の基礎ができたのは1872(明治5)年。明治政府が全国に近代的な学校を作ろうと「学制」を発布しました。ただし、このときは大学などは9月入学とされました。「お雇い外国人」の時代。教員を受け入れるため、欧米の制度に合わせたと言われています。

主な国の学年と会計年度拡大

 1886年に会計年度が変更されたことを受け、翌年には教員を養成する高等師範学校が4月入学になりました。その後、1892年にほぼ全国の小学校が、1921年には大学まですべての学校が4月入学に統一されました。現在は学校教育法施行規則で「学年は、4月1日に始まり、翌年3月31日に終わる」と規定されています。

◇秋入学に回帰?

 4月に新年度が始まり、春夏秋冬を一巡して次の学年に進級する――。そんな見慣れた光景を変えるかもしれないのが、東京大学が検討している「秋入学」。大学はそもそも小中高と異なり、4月以外の入学や3月以外の卒業が認められており、4月入学とあわせて秋入学のような制度を導入している大学も少なくありません。

 しかし、東大が検討しているのは、4月入学をやめて秋入学に一本化しようというもの。米国や欧州などで主流の9月に合わせることで、留学生をより多く受け入れ、日本から海外への留学もしやすくするねらいです。文部科学省の資料によると、9月入学の国は116カ国にのぼり、欧米では8割に達します。先生の都合か学生の都合かは違いますが、90年前に戻る形になります。

 東大は「単独で秋入学は実施しない。他大学と足並みをそろえることが大事だ」(浜田純一総長)として早稲田大、慶応大、京都大などの有力大学に働きかけています。また、卒業時期をずらした場合、就職活動や国家試験の時期と合わなくなる可能性があるため、企業に秋採用や通年採用の拡大を求めています。今後1、2年かけて検討し、早ければ2017年から実施するといいます。もし他大学も追随するようになれば、「サクラサク」入学のイメージが変わるかもしれません。

 次回は企業の「年度」、決算期について考えます。

(桑田真)