ことば談話室
(2012/06/07)
雷、雹(ひょう)、竜巻と、お天気に油断のならないこの頃ですが、6月ともなるとそろそろ気になるのは梅雨前線ではないでしょうか。
気象庁によると、沖縄はすでに4月28日に梅雨入りしています。これから日本列島を北上していくことでしょう。気象情報会社のウェザーニューズの発表だと、今年の梅雨入りは全国的にほぼ平年並みとのことです。
ところでこの「梅雨」。梅の花なんてとっくに散ってしまっている6月に、どうして「梅」なのでしょうか。梅雨と書いてツユと読むのも、よく考えれば不思議です。
お出かけはできないし、洗濯物もうかつに干せないし、どうにもあまり好きになれない梅雨。でもよく知れば、少しは歩み寄れるかもしれません。
◇中国・唐代の詩に登場
松尾芭蕉に次のような句があります。
降る音や 耳も酸うなる 梅の雨
長く続く雨に芭蕉がうんざりしている様子が目に浮かびます。分かるよ、芭蕉さん。
この「梅の雨」という季語は、今でも俳句などに使われます。では、そもそも梅と6月の長雨の関係とは? その謎を解くカギは、実は中国にあるのです。
中国でも6月ごろ、長い雨が降る時期があります。とはいっても広い中国のこと、全土で見られるわけではありません。中国でこの雨があるのは、長江(揚子江)の中・下流を中心とした地域です。現代中国語では「メイユイ(meiyu)」。漢字では「梅雨」と書きます(「梅」の代わりに「霉」の字も)。
そう、さっそく答えのとっかかりが見えてきました。
中国では古くからこの言葉が使われていたようで、「国破れて山河在り……」の「春望」で有名な唐代の詩人、杜甫(712~770)も「梅雨」という詩を作っています。一部を引いてみましょう。
南京犀浦(さいほ)の道、四月黄梅熟す
――南京の犀浦の道は、四月になると梅が黄色く熟す
湛湛(たんたん)として長江去り、冥冥(めいめい)として細雨来る
――長江は水をたたえてながれ、暗いなか細かな雨が降る
梅が熟すというここでの「四月」は旧暦で、今の暦でいう5月下旬から6月半ばほど。ちょうど梅雨ごろに当たります。
詩にもあるように、この時期は梅の実が熟すころでもあります。「梅雨」という字があてられたのは、梅の実を太らせる雨として受け取られていたことを示すものでしょう。
しかし、雨が続くのは、いいことばかりではありません。
先ほど「梅雨」と一緒にもう一つの表記をご紹介したことを覚えておいででしょうか? そう、「霉雨」です。
霉は「黴(かび)」のこと。梅の実が日に日に熟していく様子に実感がある人は少ないかもしれませんが、こちらは多少なりとも経験があるでしょう。湿気の多いこの季節は、カビがはえるなど物が傷みやすい時期でもあります。
「メイユイ」という音に、二つの字が当てられたようですが、これは日本語でも同じです。「梅雨」という表記が圧倒的に一般的だとは思いますが、「広辞苑」の「バイウ」をめくると「梅雨」とともに「黴雨」という表記がしっかり載せられています。「梅雨」だけでなく「黴雨」も日本にやって来たんですね。
◇梅雨=つゆ、時代経て定着
では中国からきた「梅雨」に、どうしてツユという読みが当てられるようになったのでしょうか。
「つゆ」は日本でうまれた言葉で、なるべく古い用例を集める方針をとる「日本国語大辞典」によると、室町時代の国語辞書で見られるのが最初の例です。
このころはまだ「梅雨」という表記ではなく、「墜栗(ツユ)」などと書かれています。栗の花が墜(お)ちるころだというわけで、「墜栗花」と書いて「ついり」(梅雨入り)と表現することもあります。
つゆは、(1)「露けき時節」であることからきた(2)梅が「つわる(熟す)」時期だから(3)物が湿り腐る「潰(つい)ゆ」から変化したなど、語源はさまざまですが、中国語の「梅雨」と同じように初夏の雨を指す言葉として使われていたのは確かなようです。
同じことを指しているから、ひとつの言葉としてくっついた……そんな安易な!と思われるかも知れませんが、こういった例は別にめずらしいものではないのです。
たとえば花のユリ。中国語で何というかご存じでしょうか? 答えは「百合(baihe)」です。他にも、バラは薔薇花(qiangweihua)、鳥のヒバリは雲雀(yunque)といいます。
これは、訓読みのそもそもの成り立ちを考えれば、難しいことではありません。漢字が日本に渡ってきたその昔、中国語の「山(shan)」が、土地が盛り上がった場所を指す日本語「ヤマ」と結びつき、「山=ヤマ」という読みが生まれました。それと同じことが、熟語のまとまりとしておこっているのです。
2文字以上の熟語に、まとめて訓読みが与えられているものを「熟字訓」といいますが、熟字訓にはこのようなパターンがたくさんあります。
とはいっても、「梅雨=ツユ」の結びつきが起きたのは、「山=ヤマ」に比べると、格段に最近です。文献に残るものでは、「日本歳時記」に「此月淫雨ふる これを梅雨(つゆ)と名づく」とあるのが最も古い例。「日本歳時記」は1688年に刊行された本なので、確認できるのは江戸時代以降ということになります。
今ではバイウと読むよりもツユと読む方が多いことを考えると、ちょっと意外な気もします。今の「梅雨(ツユ)」が定着するまでには、時間も手間もかかっているんですね。
◇実のふくらみとともに
梅雨が明けてしばらくは、一年でもっともよい天気が続くといって「梅雨明け十日」と呼ばれます。長雨は大変なことも多いですが、梅の実が少しずつふくらむ様子を思い浮かべれば、梅雨明け十日までのひと月も少しおおらかな気持ちで過ごせるのではないでしょうか。
ただし、みなさまくれぐれも、カビにお気をつけて。
(青山絵美)