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ことば談話室

藍色を集める

池田 博之

 雨の季節を彩る花、アジサイ。東京郊外の自宅から最寄り駅まで歩く道すがら、家の庭先やマンションの植え込みで、藍(あい)、水色、紫、白と多彩な色のアジサイが見られます。

 花の色合いは、その年ごとに違うように感じられて、七変化(しちへんげ)、八仙花(はっせんか)の名で呼ばれるのもうなずけます。

 花色は土壌の水素イオン濃度によっても変わり、酸性土壌なら青色が、アルカリ性なら赤色が勝るといいます。花はつぼみから成長するにつれても、白から藍へと彩色されていきます。

 ◇古くから詩歌の題材に

としまえんのアジサイ拡大としまえんのあじさい祭りでは150品種のアジサイが競演する=東京都練馬区
 俳句にも間(あわい)の色が織り込まれています。

  紫陽花や白よりいでし浅みどり(渡辺水巴)

  紫陽草や帷子時の薄浅黄(芭蕉)

  紫陽花やはなだにかはるきのふけふ(子規)

  紫陽花の藍きはまると見る日かな(中村汀女)

 水巴(すいは)は明治~昭和の俳人。芭蕉は紫陽花(あじさい)を紫陽草と書いています。帷子時(かたびらどき)は夏の単衣(ひとえ)を着る候。浅黄(あさぎ)は本来、漢字では浅葱と書き、薄い藍色。はなだは縹色(はなだいろ)で浅葱と藍の中間色。色を表す言葉が並びます。

成就院のアジサイ拡大神奈川県鎌倉市の成就院。梅雨空の下、アジサイの咲く参道の先に相模湾がかすんで見えた(2010年7月2日)。相模湾の周辺は在来種の古くからの自生地とされる
 このように和の景色に溶け込んでいるようにみえるアジサイ。日本原産で、語源は「アジは集む(あつむ=集めるの古語)の「あつ」の転、サイは真藍(さあい=「さ」は意味を強めたりする接頭辞)の詰まったもの」というのが有力とされています。

 紫陽花の漢名を持つことから中国と縁が深いようにも思えますが、これは、平安中期の「倭名類聚鈔(わみょうるいじゅしょう)」が唐の白居易の詩のなかの「紫陽花」を日本在来のアジサイと同じものとして紹介したことによります。

 実は白居易が紫陽花と名付けた、山寺にひっそりと咲く紫色の「気が香る」花は日本のアジサイとは別の花であったということです。

 万葉集には「あぢさゐの八重咲くごとく八つ代にをいませ我が背子見つつ偲ばむ(橘諸兄=たちばなのもろえ)」と詠まれ、大伴家持の歌もあります。漢字で「安治佐為」「味狭藍」と書かれています。

 ◇歴史の陰に隠れて咲く

 しかし、その後、アジサイは和歌や散文にほとんど取り上げられることはなく、歴史の表舞台の日の陰に隠れていたように思います。

 これはアジサイの一つひとつの花の花びら(実は萼片=がくへん)が4枚で四片(よひら)と呼ばれたことが不吉とされたためだとか、色の変化が心変わりの象徴として嫌われたためだとか言われています。橘氏と大伴氏が、後に栄華を極めた藤原氏と対抗して衰えたためだという説まであるようです。

 アジサイ愛好・研究家の山本武臣さんの著書によると、和歌に詠まれたのは平安時代で3首しか見つからず、鎌倉時代には20首ほどになるということです。

  あぢさゐの下葉にすだく蛍をばよひらのかずのそふかとぞみる(藤原定家)

ガクアジサイ拡大ガクアジサイ
 在来種にガクアジサイがありますが、こちらのガクは「萼」でなく「額」のことで、中心にある密生した小さな両性花の周りに、大きく背の高い装飾花が額縁のように縁どっていることから名が付けられました。

 それまでアジサイが文芸から遠ざかっていたことがかえって、俳諧や浮世絵の新味にあったのかもしれません。北斎は飛んでいるツバメを、広重はカワセミやセキレイを大胆な構図で色鮮やかなアジサイのそばに配しました。

 意外と知られていないかもしれませんが、江戸期には、将軍から庶民にまでおよぶ空前の園芸ブームがありました。サクラやツツジ、アサガオなどでたくさんの品種が作られました。しかしそこでもアジサイは、多くの人がめでる対象にはならなかったようです。

 ◇香りがないのに匂い立つ

長谷寺アジサイ拡大鎌倉・長谷寺のアジサイ
 ひっそりとしたたたずまいで咲き続けてきたアジサイですが、一般に注目されだしたのは昭和も戦後になってからだといわれます。名所もあちこちに出来ました。この季節に鎌倉のアジサイの咲く寺を訪れると、花の数より人の頭の数の方が多いのではないかと思えてしまうくらいです。

 一方、アジサイがヨーロッパに紹介されたのは江戸時代でした。

 日本を訪れた2人の医師、スウェーデンのツンベルクとドイツのシーボルトらが持ち帰り、別に中国経由でも渡りました。やがて、洋の東西で改良され、多くの種が生まれました。

 シーボルトがアジサイに付けた学名ハイドランジア・オタクサ(Hydrangea Otaksa)のオタクサは、シーボルトの愛人の呼び名であるお滝さんに由来していると推測されています。Hydrangeaの語源はギリシャ語のhydro(水)、angeion(容器)の合わさったものです。やはりアジサイは水と相性が良いのです。

 花の少ない季節に、しとしとと降り続く雨のなか、アジサイの花に出あうと目の覚めるような思いにとらわれることがあります。そんなとき、香りの立たないはずのアジサイですが、匂い立つような気を感じたりします。

 「にほふ」の語はもともと「丹(に)=赤色」と「ほ(穂、秀)=外に現れること」から成り立ち(広辞苑)、「あざやかな色が美しく映えること」の意味がありました。

 アジサイの色が梅雨の匂いににじんでいきました。

(池田博之)