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ことば談話室

校閲記者ならできて当然? 語彙・読解力検定を受けてみた

緒方 啓二

 5月半ばのある雨の夜、記者の頭上で突然、デスクの声が響きました。

 「来月ある語彙(ごい)・読解力検定を受けて来い」

 新聞社で記事の校閲という仕事をして23年。入社時の試験を除けば、テストや検定なるものを受けた最後の記憶はいつだったのか、思い出すことすらむずかしい忘却のかなたです。いちばん最近受けた試験は……たしか自動車の運転免許試験。そんな記者の太平の世を覆すがごとき鬼デスクの指令を受けて、敢然と立ち上がった苦闘の物語、いえ、狼狽(ろうばい)の日々のご報告です。

拡大受検票。ウン十年前に戻った気分でした

 語彙・読解力検定――みなさまはよくご存じですよね、ベネッセと朝日新聞社がやってるアレ。わが国が誇る2大著名企業による共同事業のアレ。土曜日の朝日新聞夕刊にも載っています。知らないわけがありません。えっ! ご存じない? 漢検(日本漢字能力検定)みたいに有名じゃないのかな。

◇どんな検定?

 ベネッセと朝日新聞社が設けたこの検定のサイト「語彙・読解力検定」をさっそく偵察してみましょう! まずは検定の概要です。こう書いてあります。

 ……社会の動きそのものを活字化したといえる「新聞」を中心的な素材として採用することで、単なる網羅的な知識量測定にとどまらない、「社会生活の中で実践的に役立つことばの力」の測定を狙いとしています。

 うーむ。新聞を中心的素材に、社会生活に実践的に役立つことばの力を測定してくれる検定ということは、ふだんから新聞をよく読んでいる人に向いてる検定ということですよね。新聞作りに毎日携わっている私たち校閲記者の能力判定にも役立ちそうです(そうか、上司の意図はそこか!)。

 初年度の2011年度にあった2回の検定の受検者はそれぞれ5878人、6996人。同年度に志願者が229万人、合格者が116万人もいた漢検に比べるとかなり差があります。語彙検定を知らない方が多いのも当たり前です。

 さて、受検と聞いて身構えてしまった記者ですが、考えてみると、校閲記者の業務というのは毎日が試験みたいなものです。新聞記事を組み付けた版が印刷工程に送られるまでの限られた時間のなかで、記事に出てくるデータの誤りや表現の適否、見出しの不具合などを見つけ出して正すのが仕事です。人名や社名、法律名、見出しや表現が間違っているのを見逃したりすれば、翌日の紙面には訂正記事が載ることになります。試験でいうと、不合格判定です。

 誤りを載せた元の記事や紙面の校閲を担当した者は針のむしろ。デスクの顔を正面から見ることはおろか、顔を上げて社内を歩くことすらはばかられる肩身の狭さです。訂正には至らなくても、見落とした誤りをデスクやほかの記者に指摘されれば、そこに待ち受けるのは赤面の後ろ指さされ地獄です。

 ともあれ、上司の命令ですから背くわけにはいきません。心の片隅に眠っているかも知れない職業魂を掘り起こし、あまたの訂正を重ねてきた落第校閲記者の自責と悔恨を胸に、首席合格をめざして検定にチャレンジしてみようではありませんか。

◇準備にかかろう

 さて、敵を倒すには相手を知らねばなりません。再び語彙・読解力検定のサイト探検に戻ります。

 最初に決めておかなければならないのは受検する級です。5級から1級まで7段階の級が構想されていますが、5級・4級・1級は開発中で、いま受けられるのは3級・準2級・2級・準1級の四つ。それぞれ、中学生~高校生、中学生~社会人、高校生~社会人、高校生~社会人が対象とされています。

 社会人歴25年の記者ですから、ここは当然、四海を見下ろして語彙・読解力検定界にそびえ立つ世界最高峰の「準1級」を受検するのがふさわしいと言えないでしょうか。そうですよね? みなさまがそうまでおっしゃるなら、受けて立ちます。準1級受検で決まり! (てか、そんな大見得切って大丈夫なのか?)

 個人受検者の検定実施日は6月17日(日)。1カ月もあるので余裕です。用意したい必須アイテムは、過去問や練習問題。ほかに参考書類もあると安心です。ネット通販で調達したのは準1級の「語彙・読解力検定公式テキスト 合格力養成BOOK」と「ベネッセ新修国語辞典 第二版」の2冊。国語辞典は辞書語彙の学習に役立ちそうです。総額3885円もの投資です。もはやトップ合格が約束されたも同然です。

拡大公式テキスト
 さっそく公式テキストを開いてみます。解答は5択で、語彙の分野では「たまさか」「一縷(いちる)」「悪辣(あくらつ)」「踵(きびす)を接して」などの意味を問うもの、「書物の量やページ数・巻数が多い様子」「劇・小説・事件などで、すべてうまく解決した最後の場面」を表す言葉を問うものなどが例示されています。知らない言葉もたくさん出てきて、うろ覚えの言葉の知識では間違えてしまいそうです。

 新聞語彙のページは「社会」「科学技術」「医療・生活」「文化」の4分野に分けられ、ニュースに出てくる専門的な言葉や時事用語がずらりと並んで壮観です。「触法少年」とは? 「質量の大きな恒星の一生の最終段階で起きる大爆発」とは? 「『救急救命士』が行えないこと」はどれ? 「複合遺産」とは? 正解・解説のページを繰りながらでないと、自力だけで先に進むことができません。手強いです。

 読解分野では天声人語・社説・書評の問題が用意されています。長文読解は骨が折れそうです。できれば読まずに終わりたい気がしてきました。

 公式テキストの解説と練習問題をざっと見てきましたが、検定本番までにこれを全部やり終えるのはかなりエネルギーが要りそうです。頭がクラクラしてきました。予習復習・努力・勤勉とは無縁な人生で、人の世の艱難辛苦(かんなんしんく)すべてから逃げ回ってきた飽き性な記者です。テキスト完全制覇はなるのか?

◇模擬演習

拡大新聞の読み方も教えてくれます
 6月16日。練習問題の消化が遅々として進まない状況の下、とうとう翌日が検定という日を迎えてしまいました。この日までに目を通すことができたのは公式テキストの辞書語彙、それに新聞語彙の3分の1くらい。こんな状態でみなさまの前に出て行くのは厚顔極まりない話でございます。

 焦る気持ちに急かされて公式テキストをつらつら眺めていたら、発見しました! 計120問の「模擬演習」が巻末に載っているではありませんか(てか、気づくの今かよっ!)。これをスルーするわけにはいきません。模擬問題で実力が分かれば本番への対応も可能ですし(いや、すでに遅すぎ!)、模擬で満点を出せば本番を受検する必要もなくなる、というものです。(その自信、どこから?)

 幸いなことに、きょうは仕事が休みだし、おいしい焼酎のロックを片手に模擬演習と参りましょう。(以後約90分間に焼酎2杯を頭脳に供給)

 準1級の出題数は約120問もあります。これを80分間で解かなければならないので、1問あたりの処理時間は平均40秒。解けない問題で立ち止まってしまうとタイムロスしますが、今夜はアルコール付きのセルフ模擬演習なので、ゆるゆると進行します。

 120問を終えたのは検定当日の午前4時前。本番の検定が始まるまであと約12時間ですが、さて、演習の成績は……120問中、正解75問で正答率が62.5%。合格ラインは何点? もし正答率8割以上が合格圏とかだったら不合格まちがいなし。惨敗じゃないか~(T_T)

 模擬問題は本番同様に辞書語彙・新聞語彙・読解問題の三つに分かれています。記者の正答率はそれぞれ60%、57%、77%。新聞記事をふだんから読んでいるはずなのに新聞語彙の正答率がいちばん低いのはショックです。なにより全体を通して、問題、難しすぎませんか。えーい! やけ酒です。「焼酎のロック、もう1杯!」

 過去、台所のまな板の上に載ったことは一度もない私ですが、今回ばかりは載っちゃいました。どこからどう見ても、まな板の上のコイ。もう、どうにでもしてください。刺し身にされていなかったら、12時間後に会おう!

◇そして本番

 というわけで、17日午後、やって来たのは関西地区の個人受検者の会場、関西大学の千里山キャンパスです。指定された教室には124人の準1級受検者の席が用意されていました。幅広い年齢層の受検者でしたが、多かったのは40代以上でしょうか。なかには中学生くらいの女の子もいます。

 受検票の注意書きを読み直します。2011年2月、京都大の2次試験で発覚した携帯電話によるカンニング事件が頭をよぎります。疑われて、つまみ出されたりしたら、これまでの苦労が水の泡です! スマホ2台の電源を切ったのを何度も確認し、途中のコンビニで買ってきた小さな卓上時計を机上にセット。鉛筆5本と消しゴム1個をかばんから取り出して監督者の合図を待ちます。

拡大関西大学で受検してきました

 午後3時40分に検定開始。周りの人が問題のページをめくるペースが速いのがなんだか気になります。でも集中、集中。

 午後5時、「終了時間です」という監督者の声が響くまで、夢中で問題に取り組みました。こんなに真剣にテストを受けたのは人生で初めてかもしれません。

 振り返ってみると、前夜の模擬演習はまことに実用的でした。問題の難易度、解答に消費する時間がなんとなくつかめていたため、時間切れで未解答の問題を残すという事態は免れることができました。

◇いつかは「名人位」

 2012年度の語彙・読解力検定は2回予定されていますが、第1回の今回は全国で約1万5千人が受検を申し込んだそうです。初年度を大きく上回る規模なので、今後も参加者は増加していきそうです。

 準1級と2級の取得者を対象にベネッセと朝日新聞社が自社の採用選考の際に優遇措置を設けているほか、全国で64の大学・短期大学部などが検定取得者について推薦入試・AO入試などで選考の参考にしたり加点したりするそうです(2012年4月時点)。そうした実用的なメリット以外にも、自分の語彙力・読解力を客観的に見つめ直すには絶好の検定です。

 晴れの合格通知は約1カ月後。不合格のときは鬼デスクの嫌みが炸裂(さくれつ)しそうで穏やかではいられませんが、合格なら怖いモノなしです。そのうち段位や名人位ができたら、またチャレンジしたいものです。いずれは語聖や語王といったタイトル戦も夢じゃないかも!(←どこまで自信家?)。

(緒方啓二)