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ことば談話室

「聖火」じゃなかった聖火

森 ちさと

 ロンドン五輪がいよいよ近づいてきました。

 三度の飯よりスポーツが大好きな筆者は、1日数時間録画機を動かす予定です。なんとしてもこの夏の節電と両立させるため、録画機以外は極力使う電気を減らそうと、消費電力の小さい扇風機や太陽光充電の照明、すだれは配備済み。だんだんと慣らして、29度くらいの室温なら扇風機の弱風でへっちゃらになって体も準備完了。昔からお気に入りの扇子も片手に、五輪を楽しむ予定です。

 さて、筆者は小さい頃からプロ野球や大相撲でひいきを応援してきましたが、日本だけでなく世界中の選手に興味を持つきっかけになったのが五輪でした。

 特に、中学生の時に見た1994年リレハンメル冬季五輪。クロスカントリーやアイスホッケーでの熱狂、世界レベルの選手の強さにときめいたのですが、開会式が素晴らしくてまず引き込まれたことが何より大きかったように思います。

 コンパクトで素朴。とてもかわいいすてきな式でした。その中で度肝を抜かれたのは、スキーを履いた聖火ランナーが、雪の舞う夜のジャンプ台から聖火を片手に飛んできたこと。そうか、これが世界か。会場に浮かび上がる明かりの中で、ひときわ印象的な炎でした。

 ◇古代五輪からあったけど…

 そんな思い出で涼んでいると、会社の先輩からこんな質問が。

 「聖火って、いつから『聖火』って言ってるの?」

 聖火に「聖火」以外の名前がある可能性なんて考えたこともありませんでした。

 そういえば聖火を辞書でひけば英語では「Olympic flame」となるし、ドイツ語では「Olympisches feuer」、フランス語でも「flambeau olympique」。本家本元ギリシャ語ではどうか、と大使館にきいてみても、英語の「holy」にあたるような意味は持たないとのこと。聖火リレーも英語で「Olympic torch relay」などですから、「聖火」はこれらの直訳ではないことになります。

 そこで、長らく五輪関連の記事を書き、世界中を飛び回っているスポーツ部の記者に、海外で「聖なる火」としている言語に出会ったことがあるか、きいてみました。

 すると、「欧州を中心に回ってたくさん五輪関係の文章を読んできたけれど、『平和の象徴』とからめて言われることはあっても、『聖なる』という意味合いを持った言葉は見たことがない」。

 聖火は古代オリンピックの時からありました。ギリシャ神話に登場する神族・プロメテウスがゼウスから火を盗んで人間に与えたことを記念した、といいます。

 1896年に始まった近代オリンピックでは当初聖火はありませんでしたが、1928年のアムステルダム五輪で復活しました。しかしこのことは日本ではあまり知られていません。むしろ1936年のベルリン五輪で初めて聖火リレーが行われたことの方が有名です。

 「聖火」という熟語自体は1928年以前から使われていたことが、日本国語大辞典で分かります。単純に「聖なる存在に捧げられた火」という意味ですが、現在では五輪の聖火以外で使われることはあまりありません。

 もともとが神様の持ち物ですから、あの火が「聖なる火」であることは納得がいきます。では、いつ、なぜ、日本では「オリンピックの火」ではなく「聖火」と言うことにしたのでしょう。

 ◇「オリムピックかゞり火」って

アムステルダム五輪拡大1928年アムステルダム五輪の開会式を報じる7月29日付東京朝日朝刊紙面
 昔の朝日新聞の紙面にヒントが見つからないかと調べてみました。

 1928年7月28日、アムステルダム五輪の開会式が行われました。翌29日付の東京朝日の朝刊3面に、写真付きでその様子が掲載されました。かなり詳しく書かれているのに、聖火についての記述はありません。しかも、写真は聖火をともした塔だったにもかかわらず、です。開会前の記事でも、大会期間中の記事でも、登場しません。

ロサンゼルス五輪拡大1932年ロサンゼルス五輪の開会を間近に控えた7月31日付東京朝日朝刊紙面
 次は1932年7月30日、ロサンゼルス五輪の開会式です。翌31日東京朝日の朝刊2面で式の予告をしています(日本時間では31日午前8時半からなので、紙面作成時は開会前)。

 ここでついに火が登場! しかし「聖火」ではありません。なんと「オリムピツクかゞり火」!!

 同じ日の号外でオリンピック賛歌を「聖歌」、五輪旗に添えられた花を「聖花」と書いているのに……。

 つづく1936年のベルリン五輪。初めて聖火リレーが行われたこともあって、開幕前から紙面でも「聖火」があちこちで見られます。当時は夏季五輪と同じ年に冬季五輪も行われており、この年の2月に同じドイツのガルミッシュパルテンキルヘンで開催されました。その開会式の様子として、20日の東京朝日3面に「オリムピツクトーチの聖火と山砲隊の祝砲」という説明とともに大きな写真が掲載されます。つまり、聖火リレーが始まる前に、すでに「聖火」といわれていたことになります。

ガルミッシュ五輪拡大1936年ガルミッシュパルテンキルヘン五輪の開会式を報じる2月20日付東京朝日朝刊紙面
 32年大会と36年大会の間に「聖火」が使われ始めたのかはこれだけでは分かりませんが、少なくともこの間に「聖火」が定着したとは言えそうです。

 この2大会の大きな違いの一つは、聖火リレーが始まったことです。聖火リレーが行われるにあたり、ギリシャのオリンピアで採火することも始まりました。このため、それまでの火とは違って聖なるものになった、とも言えます。しかし、欧州各国の言葉では聖なるものになっていないので、これだけでは説明が足りないように思われます。

 もう一つ、重要な違いは、ナチスの関与です。

 ナチスは五輪を政治的に大いに利用しました。聖火リレーは後の侵攻に必要な情報を集めるためだった、という俗説もあります。

 古代五輪はギリシャ人だけのためのものでしたから、ドイツを古代ギリシャの継承者と位置づけてその優越性を主張することもありました。五輪という人種を超えたイベントを開催することで、人種差別政策への批判をかわしてごまかす狙いもありました。そうしてナチスとヒトラーの権威付けにはげみました。

 日本はこのナチスの思惑に見事にはまってしまったのかもしれません。もともと当時の朝日の紙面ではナチス・ドイツとヒトラーへの称賛を全面展開しています。

 さらに重要な伏線は32年大会で「聖花」などの言葉が使われていたこと。登場するアイテムを、平和の祭典を象徴する尊いもの、神聖なものとして扱い盛り上げる素地はあったことになります。

 スポーツは国威発揚には絶好の道具ですから、ベルリン大会=ナチスの権威を象徴するリレーと火を神聖視する言葉が頻繁に使われるようになるのは、当然の流れと言えるでしょう。

 逆に、ドイツに反発していた英仏の言葉では聖なる意味合いを持たない、というのもとても納得がいきます。

 ◇神聖化、リレーが高めた?

 重たい歴史をひもといてみましたが、もう少し軽く想像することも出来ます。聖火リレーは確かに画期的かつ大々的なイベントでしたが、遠い異国の話です。日本でどうしてこんな盛り上がりをみせたのでしょう。

 とても長い距離を、何人もの人が分担して、同じ火を同じ目的で渡し続ける。日本で昔から人気のある競技によく似ています。そう、駅伝です。

 ひとつのたすきに思いを込めて、みんなでゴールを目指す。36年には箱根駅伝もすでに17回目を迎えています。どうもこのようなシチュエーションは日本で盛り上がりやすい気がします。

 流行が生まれる時は、大抵その対象を大げさに表現したり神聖視したりするものです。現代で言えば箱根の「山の神」もその一つでしょう。誰かが何の気なしに言ってみた「聖火」が、異様な盛り上がりの中で気付けば定着していた――そんな想像もしてみました。

 ひるがえって現代。ロンドン五輪の聖火は開会式当日、テムズ川を船で下ることが発表されており、すてきな町並みもきっと存分にいかされるのでしょう。が、筆者は幼い頃、船からテムズ川に落ちかけたことがあり、なんだか苦い印象しかありません。

 聖火リレーで美しく演出してもらい、大好きな飛び込みやトライアスロンなど水の種目を見まくって、ロンドンの印象を上書きできることを期待しています。

(森ちさと)