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ことば談話室

こんな「ふるまい」ありですか

大堀 泉

 「こわもて」イメージが真意や実像を覆うプーチンらしい振る舞い(国際面・リーダーたちの群像)

 「領海侵入 中国は冷静に振る舞え」(社説の見出し)

 「野党第1党となった自民党がどう振る舞うかは、日本に政権交代可能な政治が根付くかどうかを占う一つの指標」(連載「自民党、どこへ 野党第1党の研究」)

 改めて説明する必要がないほど頻繁に使われる「振る舞い(振る舞う)」という言葉。でも、意外なところで重宝されているのです。先人のセンスが光る、この言葉の使い方とは……

◇鳥の動きから

 「ふるまう」ということばは、もともと鳥が羽をのびのびと動かして飛び回る(振るい舞う)ことから来ているそうだが(日本国語大辞典)、そこから、動作や行動をするという意味になった。先日の読書面にも、書店にカフェができたことに関連して、本を読むときの「ふるまい」は自由であれ、もっと楽しめ、ということばが引用されている。

拡大島根県津和野町で披露された伝統の鷺舞。「振る舞い」の語源でしょうか=2010年7月27日、広川始撮影

 これを読むと、机に向かって学校の授業のように本を開いてきちんと読むことだけをしろというのではなく、飲んだり食べたりと一緒にしてもいいし、もちろん寝ころがって読む光景も目に浮かぶ。立ち居振る舞い、立ってやること、座ること、またさらなる動作、ばたばた手を動かしたり、走ったり飛んだりすること、を思い浮かべるでしょう。考え抜いて実行する行動(行い)というよりも、本能とか衝動とかから何げなくやっている動作、という感じですか。「日ごろの行いが悪い」というけれど、「日ごろのふるまい…」と言うと、違うでしょう?

 あ、もうひとつ。「ふるまい酒」とか「椀飯振舞」(おうばんぶるまい)っていう「もてなし、ごちそうする」という意味もあります。もう何年か前、お寺の催しで有料で食べ物が提供されたのを記事で「ふるまった」と書いて、「ただでないものはふるまうとは言わない」と指摘されたこともありました。

 ここまでは、誰もがなじんでいる「ふるまい」の使い方。

 新聞では、こういうものもふるまっている。

 「化学肥料の原料となるアンモニアを合成する際、触媒となる鉄の表面で起きている窒素と水素のふるまいを明らかにしたことだ」(2007年10月12日科学面「ノーベル賞、実用性に光」)

 えっ? 窒素と水素のふるまい?

 「雲のできる様子やふるまいをスーパーコンピューターで再現する試み」(08年8月29日夕刊コラム・窓「雲をつかむ」)

 「B中間子と反B中間子のふるまいの違いを観測し、小林・益川理論を検証する」(08年11月28日科学面「説明つかぬナゾ追究 反物質、なぜ宇宙にない?」)

 雲や中間子も「ふるまう」の? 困りましたね、辞書はこういう使い方を想定している書き方ではない。やっぱり生き物(や擬人化した国とか組織とか)でしょ?ふるまうのは。文系の人間、科学に関する本など読まない人には、ヘンだなという違和感が出てきませんか。もうずいぶん以前のことになるが、文系人間であるらしい先輩記者が「こういうのってふるまいって言うんですか?」と気色悪がっていました。

 とてもわかりやすい、なじみ深いことばだけど、こういう科学関係の文の中で使われている「ふるまい」の意味を辞書のように説明しようとすると、意外とむずかしい。

◇朝永博士の時代にも

 朝日新聞の紙上にはいつごろ登場したのだろう。まず、データベースでさかのぼった。たとえば「ノーベル物理」というキーワードで検索すると、1965(昭和40)年10月22日朝刊3面に「朝永博士の業績」という解説記事があり、その中に「しかし、この『くりこみ理論』とても、素粒子のふるまい全部を解明するものではなかった」とありました。これは、朝永振一郎博士がシュウィンガー、ファインマンとともにノーベル物理学賞を受けることが発表されたときのもの。科学部の記者の署名がある。意外と古くから使われているようだ。

 この「ふるまい」は、素人(一般紙の読者)向けにやさしく表現しようとした結果なのだろうか。それとも、業界でごく普通に使われる用語なのだろうか。理系の本ではどう表現されているか、手持ちの科学系の本をさらってみた。

 2008年にノーベル物理学賞を受けた南部陽一郎博士の和文論集「南部陽一郎 素粒子論の発展」(江沢洋編、岩波書店)。

 「Landauの議論は大きな飛躍を含んでいて数学的には完全でなく、これを疑う人が多い。問題は高エネルギー(近距離)における摂動の高次の項のふるまいに関するもので取扱いは非常にむずかしい」。出典は1956年にアメリカであった学会の報告文だそうだ。

 「高次の項のふるまい」って、数学ではろくな成績でなかった人間にはアタマ真っ白以外のなにものでもないが、数式で書かれているわけじゃない、日本語で漢字仮名交じり文なんだから、読めるだろ。ええい、摂動を表すとされる数式の、8乗だか10乗だかの高次の項の、あり得そうな範囲ってことじゃないの?と、文の意味を理解して(こじつけて)おこう。とにかく、素人向けに説明するためのことばでないことはわかりますよね。しかも、動物でも物体でもない、数字がふるまうんですわ。なんでこんな本買ったんだろう……

 翻訳ものになりますが、こういうのもありました。

 「1943年の1月中と2月の最初の週に行なわれたその他の『急ぎの』実験は、炉の中の中性子のふるまいをより深く理解しようということに関するものであった。例えば、中性子の平均エネルギー(つまり温度)はどのくらいか、また中性子の空間的分布はどうなっているか、といった問題を扱うものであった」(「われらの時代に起ったこと――原爆開発と12人の科学者」J.ウィルソン編、中村誠太郎・奥地幹雄訳、岩波現代選書 1979年)

 これは、核分裂の連鎖反応が初めて人の手で起こせるようになったころの話です。この文ではずばり、ふるまいがどういうものかを言い換えて説明しています。それにしても、解明されていない炉の中の中性子のふるまい……決して昔の話じゃありませんね。 

 「ホーキング、宇宙を語る」(林一訳、早川書房、1989年)にも登場するし、朝永博士とともにノーベル物理学賞を受けたR.ファインマンの「光と物質のふしぎな理論」(釜江常好・大貫昌子訳、岩波書店、1987年)にも「私は皆さんに自然がどのようにふるまうかを説明しますが、皆さんは聞いていてなぜ自然がそのようにふるまうのかは一向にわからないだろうと思います」とある。

◇書き手はこう考える

 このあたりまでくると、文系の素人にはお手上げだ。ならば、このことばを使って記事を書く人に尋ねてみよう。前述の「雲のふるまい」を書いた筆者の尾関章・編集委員です。

 ――尾関さんは、デスクとしても多くの科学記事を見てこられたわけですが、ご自分の記事にもあった「雲のふるまい」、こういう「ふるまい」の使い方は、よくあるのですか?

 「その質問、いよいよ来るものが来たという感じですね」

 ――えっ? それはどういうことですか?

 「そういう『ふるまい』の使い方には違和感がある、やめてほしいということではないんですか?」

 ――そういうつもりじゃないんですが…。「やめてほしい」という趣旨では全くありませんからご安心ください。

「ああ、よかった。ことばの問題で、校閲の方の影響力は大きいですから…」

 ――たしかに、文系の人間には、生き物でもないのに見慣れない使い方ですね。

 「ふるまうということばが日常の話し言葉としても使われなくなってきているようで、最近は僕自身、科学記事で使うことに違和感がまったくなかったわけではありません。でも、日本の科学者が、こういう柔らかな大和言葉を使ったことは、とてもいいことだったと思っています。科学者が日本語を大切にした時代の名残とも言えます。お薦め、と言ってもらえるとうれしいのですが」

 ――日本語独特の用語なのでしょうか。

 「いや、英語にも、behavior(ビヘイビア)ということばがあります。物理学や化学では、the behavior of particle(粒子のふるまい)というかたちで自然にこのことばを使っています」

――そうだったんだ。

 「だから、かつて日本の科学者が、それを『ふるまい』と訳したのではないでしょうか。そのセンスに、敬意を表したいと思います。『挙動』という訳語もありますが、ふるまいの方がずっといいでしょ。親しみやすい、わかりやすいことばで、漢字ばかりの熟語よりずっといい」

 ――いくつかの文例から見ると、意味するものは結構広くて、「あり方そのもの、性質、運動(反応)のしかた、そのもののある場が規定する物の状態」などを表していると読めるのですが。

 「behaveというのは、move(動く)というのとは微妙に違う。actに近いが、actには『作用を及ぼす』というイメージがある。それらすべてを覆うような言葉が、behaveやその名詞形のbehavior。含蓄がある、幅のある表現ですね」

――使いたい、使い勝手のいい表現なんですね?

「これは個人的な見解ですが、科学者、とりわけ物理学者がふるまいということばを好むのは、20世紀物理の柱である量子力学があるように思います。量子力学では、あらゆる実在は粒子であり、そして波でもあります。粒子として見るなら、ある所から別の所に『動く』ということばがしっくりきますが、波だととらえるとそうはいきません。そんなとき、『ふるまう』という表現がぴったりなんですね」

                   ◇

拡大ヒッグス粒子「発見」の記事についたイラスト。素粒子のふるまいをイラストで説明するとこのようになるのでしょうか
 ……うーん、そうだったのか。

 確かに、間口の広い表現というか、位置が特定できなくても、行動様式がはっきりしなくても、動いていることが表せる。むしろ、実物が見えなくても、見つかっていなくても、「ふるまい」から存在を突き止めるのが、今の科学かもしれません。7月初めに世界の大ニュースになったヒッグス粒子が「見つかった」というのもそれじゃない? ふるまいの方が先に予言されている。

 英和辞典のbehaviorの項には、the behavior of tin under heat(熱を受けた場合のスズの性質)という用例が引かれている(研究社新英和大辞典)。日本語の国語辞典にもこういう用例、載ってもいいと思うな。理系でも、活用してください。

(大堀泉)