メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

ことば談話室

内村選手の「金」、輝きはプラチナ級

 エアコン自粛の節電の日々。加えてロンドンでのスポーツの祭典による寝不足との闘い。タフな今年の夏が通り過ぎていきました。

 オリンピック、そしてパラリンピックと、いろんな思いのこもったいろんな色のメダルに励まされたのがつい昨日のことのようです。

 先月、体操・内村航平選手の金メダルを間近に見る機会がありました。

 30分待ちの行列に並んでいざ目にしてみると、思った以上に感動。大きさもかなりありますし、妖しく柔らかな光は何やら胸をぞわぞわさせます。

内村金メダル拡大内村選手の金メダル=8月26日、東京・六本木
 金メダルの本体は実は銀製で金張りか金めっき、金の分量は最低6グラム――オリンピック憲章でそう決まっているといったマメ知識も、どこか遠くへ吹き飛んでいきました。

 優勝=金メダル、準優勝=銀メダル、3位=銅メダル。これはもう誰が何といっても変わらない不動の組み合わせですよね。しかしこの序列、貴金属の歴史をさかのぼってみると必ずしも不変のものではなかったことが分かります。

 ●1位「銀」、2位「銅」だった

 古代エジプトでは金より銀のほうが価値の高い時期があり、わざわざ「銀めっき」してある「金製」の杯が出土したとか。ローマ帝国時代には金が貨幣としても装飾品としても圧倒的地位を占めていたのに、中世ヨーロッパでは銀のほうが高価だったという話もあります。

 金銀の逆転までいかないにしても、製錬法の発達、鉱山の発見と大規模開発、産出量の枯渇を繰り返す中で、金と銀の相対的な価値は目まぐるしく変動してきたのです。時代によって、地域によって。

 五輪のメダルにしても、です。1896年、近代五輪の第1回アテネ大会ではメダル授与はあったものの、1位に与えられたのは銀メダル。2位は銅メダルで3位は「何もなし」。 

 財政逼迫で金メダルを作れなかったという説もあるようですが、理由は分かりません。金メダルが登場するのはその後の大会で、国際オリンピック委員会総会が1~3位に金銀銅のメダルを授与すると決めたのは1907年になってからでした。

 19世紀末までに主要国がこぞって導入した金本位制やゴールドラッシュの熱狂、そして五輪メダル授与のイメージの広がりもあって「金銀銅」の序列が固まっていったのでしょうか。

 ●金の上をいくプラチナ時代

 時は流れて現代。金以上のスペシャル感漂う「プラチナなんとか」があちこちで目につく気がします。

 サッカー黄金世代に代わる「プラチナ世代」、携帯がつながりやすいというプラチナバンド、プラチナチケット、プラチナシート、プラチナサービス、プラチナ会員にプラチナ本……。バブル華やかなりしころ、ゴールドカードが絶対のステータスを誇っていたのも今は昔。クレジットカードの世界でもゴールドの上にプラチナカード、というのが一般的になりました。

 こうして見てくると、「プラチナ」は「金」に比べ手あかのついていない新鮮なたとえのように思われます。貴金属としての発見はもしかすると20世紀に入ってから?

 答えはNOでした。プラチナが記録として登場するのは1748年だそうです。

プラチナの賊拡大プラチナ塊と銀塊を間違えて安く売りさばいた「プラチナの賊」の記事=朝日新聞1898年11月1日付朝刊
 南米コロンビアの銀に似た白い金属についてスペイン人が言及した本。同時期、科学的に研究も進み、数年後には新元素として発表されました。それまでも「銀によく似たもの」があることは認識されていたようです。ただ融点が高く加工しにくいため金銀生産にとっては邪魔な混ざりもの。一部の文明を除いてプラチナは長くその価値が理解されず、うち捨てられてきたのです。

 貴金属としての「再発見」以降は、産業用に活用が広がったり、カルティエがジュエリーに使ったりして需要も人気も高まっていきました。

 日本でも明治の中頃にはプラチナを用いた時計や装飾品などが一般に知られるようになったのです。

 ●まぎらわしい「白金」、命名したのは

 ところでプラチナの和名は「白金(はっきん)」。元素の周期表でもふつう白金と書かれます。訓読みすると「しろがね」で、「銀(ぎん)」のことを指してしまいます。うーん。

 更に加えてプラチナと全く別物の合金「ホワイトゴールド」の直訳みたいですごく紛らわしい。いったい誰がこんなややこしいネーミングをしたのでしょうか。

 日本に初めてプラチナという元素を紹介したのは江戸後期の蘭学者、宇田川榕菴(ようあん、1798~1846)と言われています。日本でそれまで知られていなかった化学という学問を初めて体系的に「輸入」した人物です。

 現在まで連綿と使われ続けている化学用語「酸素」「水素」「炭素」「酸化」「還元」などなどを造語したのがこの人で(全然分野は異なるけれど「珈琲」の当て字を考えたのも榕菴、との説も)、その中に「白金」もあったのらしい。

 榕菴は訳著のなかでプラチナを「白金」と表記し、「爾雅に書いてある白金とは違う」と説明しています。

 「爾雅(じが)」とは前漢時代の中国最古の字書で、これには「白金謂之銀」とあります。つまり「白金」とは「銀(ぎん)」のことでした。日本では「銀」の字は「しろがね」の読みを持ち、こがね(金)、あかがね(銅)、くろがね(鉄)などとともに五色の金(かね)と言われました。「しろがね」に「白金」の漢字をあてることもありましたが、古い辞書での表記は「銀」のほうが断然多いようです。

国会図書館拡大榕菴の訳著「舎密開宗(せいみかいそう)」=国立国会図書館デジタル化資料から
 榕菴はどちらかといえば主流でないほうの表記「白金」に新しい意味を与えて再活用したわけなのでしょう。

 何よりも「白い金」の字義通り、金のように化学的に安定した性質を持ち、光沢は銀のよう。しかもプラチナという語のもとになったスペイン語には「小さい銀」の意味もある。「白金」の表記はそんなプラチナのあれこれをひとまとめにするのにちょうど良かったのではないでしょうか。(榕菴が「白金」を間違いなく「はっきん」と読ませたのかどうか、肝心のところが確認できないままなのですが)

 でも榕菴さんの「責任」はここまで。ホワイトゴールドのほうは、彼の死後に発生した問題でした。世界有数のプラチナ鉱山を抱えていたロシアが、第1次世界大戦やロシア革命に見舞われ生産が難しくなった時期がありました。プラチナの需要に応えるため代用品として開発されたのが、見た目はプラチナそっくりの合金「ホワイトゴールド」だったそうです。

 ●金が逆襲、優位保てるか

 プラチナの有史以来の総生産量は推定約6千トン。金の約16万トンと比べ、その希少性は段違い。今後もプラチナのステータスは安泰、のように見えますが……。

 実はいま、金よりプラチナは高価だという常識が通用しなくなっています。

 昨夏ごろから国際価格が逆転し、プラチナが金より安い傾向が続いているのです。生産量の4割がディーゼルを主とする自動車排ガス浄化用触媒として使われているプラチナ。長期化する欧州の経済危機で工業用の需要が減っているというのです。

 一方、金のほうは安全資産として相変わらずの人気。逆転現象はいつまで続くのでしょうか。

 おまけに先頃、米共和党の新政策綱領に「金本位制の可能性を検討する委員会」の設置が盛り込まれたのだとか。ドルが弱くなると亡霊のように顔を出す「金本位制復帰」。まったく現実味はないようですが、万万が一、お金を発行するのに現物の金(きん)の保有が必要とかいう議論になったら?

 プラチナも安閑とはしておられません。

(久保田智香)