メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

ことば談話室

果実の中の果実――掌中の珠

池田 博之

 さて、問題です。

 「ジャガイモとトマトに共に含まれている果物はなんでしょう」

 答えは「リンゴ」。

 ジャガイモはフランス語で「ポム・ド・テル(pomme de terre)」、トマトはイタリア語で「ポモドーロ(pomodoro)」。pomme、pomoは、それぞれの言葉で「リンゴ」、terreは「大地」、oroは「黄金」を意味しますから、「ポム・ド・テル」は「大地のリンゴ」、「ポモドーロ」は「黄金のリンゴ」ということになります。

 ジャガイモもトマトも大航海時代の16世紀ごろ、スペイン人などによって新大陸の中南米からヨーロッパにもたらされた野菜です。その名前に西欧で長い歴史を持つリンゴが使われました。

 日本に同じころ南蛮貿易などで入ってきた中南米由来の野菜が、「唐辛子」、「唐茄子」(カボチャのこと)、「唐黍(とうきび)」(トウモロコシのこと)のように、従来、日本にあった植物に、広く外国を意味した「唐」という語を冠する命名がされたことは、西欧との違いを比較すると興味深いですね。

 リンゴの原産地はアジア西部からヨーロッパ南東部あたりではないかとされています。4千年前のスイスの遺跡の出土品から、当時すでにリンゴが栽培されていたことが分かっているそうです。

 pomme、pomoの語源とされているのが、ローマ神話の果実の女神ポーモーナ。pomme、pomoは果実一般のことも意味します。メロンの語源はギリシャ語のメロンペポン(melon=リンゴ、pepon=ウリ状果)で、ここにもリンゴがありました。

 ●神々の園の実り

リンゴ1拡大20世紀絵画の先駆となったセザンヌはリンゴを多く描いた。置いたリンゴは左から「シナノゴールド」「秋映」「早生ふじ」
 リンゴは古代ギリシャの時代には、すでに接ぎ木の技術で品種改良が行われていたといいます。

 ギリシャ神話にも、トロイア戦争の原因になった「パリスの審判」の「不和のリンゴ」として、また、英雄ヘラクレスの12の難行の11番目にヘスペリデスの園から100の頭を持つ竜を倒して手に入れた黄金のリンゴとして登場します。

 北欧神話では食べた者に永遠の若さを与える果物として出てきます。ケルト神話では、アーサー王の眠る地上の楽園の島アバロンはケルト語で「リンゴの島」を意味しています。

 旧約聖書・創世記、エデンの園でイブが食べた禁断の果実は伝統的にリンゴであるとされていますが、聖書には「善悪の知識の木の果実」としか書かれていません。英国の17世紀の詩人ジョン・ミルトンが叙事詩「失楽園」でこの果実をリンゴとしたことから「リンゴ説」が定着したと言われます。ミルトンは、この詩の中で、リンゴのことをイブの言葉として「果物の中の果物」(平井正穂訳)と表現しました。

 もっとも旧約の雅歌では「ぶどうのお菓子でわたしを養い/りんごで力づけてください。わたしは恋に病んでいますから。」(新共同訳)と、リンゴは癒しや慰めを与えるものとして出てきます。

 リンゴが原罪の果実とされたのは、ラテン語では、リンゴも「悪」という語もmalumと表したことの連想にもよるのではないかという説もあります。

 ●知恵の木の恵み

 「同音の言葉の連想」が出てきたところで、リンゴの舞台を日本に移していきます。

 リンゴが和名抄に「林檎、利宇古宇(りうこう)」と出てくる少し前、9世紀初めの古今和歌集に、当時の連想表現である掛詞(かけことば)に巧みな表現がありました。

 わが袖にまだき時雨のふりぬるは君が心にあきやきぬらむ(よみ人しらず。まだき=まだその時期の来ないうちに)。「あき」は「秋」「飽き」の二つの意味を持たせた掛詞です。

 秋には、なにかもの悲しいイメージを抱くのも、言葉に掛詞の背景があるためでしょうか。リンゴをたどる物語は、そんな知恵の木の果実をもたらしてもくれました。

 日本に西洋リンゴが江戸末期から明治以降に入ってくる前、日本のリンゴは、中国から渡来したとされる、果実も小さいものでした。前記和名抄の「りうこう」のほかに、「りんき」「りんきん」などとも言われていたようです。

 江戸中期の百科事典「和漢三才図会」には、「気を下し、痰を消し、霍乱(かくらん=暑気あたり)・胆痛(はらいた)を治す」などとなっていて、薬用としても使われたと思われます。

 新しく入ってきたリンゴは「華果(おおりんご)」「苹果(りんご)」、従来のリンゴは「地林檎」「和リンゴ」などと呼ばれて区別されました。

 宮沢賢治(1896~1933)の童話「銀河鉄道の夜」ではジョバンニが汽車の中で受け取ったのは「黄金(きん)と紅でうつくしくいろどられた大きな苹果」でした。

 和リンゴがほとんど栽培されなくなると、西洋リンゴがただ「リンゴ」と呼ばれるようになりました。現在の中国ではリンゴを「苹果(ピンクオ)」と言います。

 ヨーロッパのリンゴも、もとは小さく、リンゴ酒(英語で「サイダー」)として利用されることが多く、18世紀ごろから改良されていまのようなリンゴになっていったといいます。新大陸には移民とともにもたらされ、西部開拓とともに広がっていきました。

 「ウォールデン、森の生活」を書いたヘンリー・ソロー(1817~62)は、当時のアメリカの自然に溶け込んでいた野生のリンゴを「言葉に尽くせないほど美しく、不和のリンゴではなく、調和のリンゴだ」と表現しています。調和(concord)にはもう一つの意味が掛けられていました。ソローが生まれ、亡くなった地、彼が愛し、人生の大半を過ごした場所、マサチューセッツ州のコンコード(Concord)と重なります。

 日本でもリンゴは心象風景の中に溶け込んでいきました。明治の文学で結実します。

 島崎藤村は詩集「若菜集」(1897年刊)の一編「初恋」でうたいます。

 まだあげ初めし前髪の/林檎のもとに見えしとき/前にさしたる花櫛の/花ある君と思ひけり

 やさしく白き手をのべて/林檎をわれにあたへしは/薄紅の秋の実に/人こひ初めしはじめなり

 ●ロンドンのビッグアップル

リンゴ2拡大パラリンピック開会式のリンゴ=8月29日、ロンドン・オリンピックパーク、遠藤啓生撮影
 この夏とても印象的だったリンゴは、ロンドン・パラリンピック開会式のリンゴです。ニュートンが万有引力の法則を発見するきっかけになったといわれるリンゴをイメージした巨大なリンゴが出てきました。

 近代科学の扉を開いたリンゴは、人間を楽園から追放した禁断の果実でもあります。科学の産物である原爆や原発を思うとき、ロンドンのリンゴは象徴的に見えました。

 パラリンピックの式典で語り手役の天体物理学者スティーブン・ホーキング博士は、会場のヒロイン、車椅子に乗ったミランダ(俳優ニコラ・マイルズウィルディン)に語りかけます。「空の星を見上げなさい、足元を見つめるのではなく。好奇心を抱き続けて」

 そういえば、リンゴの白い花は、桜と違い、いつも空を見上げて咲いているようにみえます。

 ミランダはシェークスピアの劇「テンペスト(あらし)」に出てくる孤島に住む娘。ミランダが瞳を輝かせて見つめた先にはどんな宇宙が広がっているでしょうか。瞳は英語では‘the apple of her eye’(目の中のリンゴ)とも言います。appleは「とても大切にしているもの」の意味。シェークスピアの喜劇「夏の夜の夢」に出てくる古くからの言い回しです。

 恋をする瞳、未来を見つめる瞳、心の中でも輝く瞳は、やはりソロ-のリンゴのように「言い尽くせぬほど美しい」のだと思います。リンゴはずっと「掌中の珠(たま)」でした。

(池田博之)