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ことば談話室

校閲記者を悩ませる「カルタ」

 2012年もあと2週間あまり、新年を迎える準備に追われる季節となりました。今年の校閲センターは、一足お先に「カルタ」の準備に追われていました。衆院総選挙関係の仕事が終わったら、新年を先取りして皆で遊ぶ……わけではありません。

●「絵と字がセット」でこの名前に?

 選挙の候補者一覧などで使う、写真つき略歴のことを社内では「カルタ」と呼んでいます。詳しいいわれはわかりませんが、絵と字がセットになっているからでしょうか。経済面に掲載される「新社長」のコーナーでも顔写真と略歴を載せることになっていますが、これも「カルタ」と呼びます。もちろん、辞書にはない用法です。同僚が先日、同業者の集まりで聞いたところでは「カルタ」が通じなかったので、もしかすると朝日新聞独特の用語なのかもしれません。

 ちょうど衆院選が公示されたこともあり、最近この「カルタ」を目にした方も多いのではないでしょうか。

拡大衆院選が公示され、第一声に耳を傾ける有権者=4日午前、大阪市(朝日新聞大阪本社版掲載の写真から)

 選挙の候補者情報は、掲載する面の事情に応じていくつかのパターンが用意されています。一番短いのが通称「7略」。名前、どの政党なのか、ほかの党から推薦や支持を受けているか、などの情報とともに、「医師」「党幹事長」など、7文字以下で候補者を代表する経歴を一つだけ表します。これには顔写真はつかず、「カルタ」とは呼ばれません。

 次に長いのが「13略」。これも「カルタ」の形ではなく、13文字以下で候補者を代表する経歴を二つまで盛り込みます。「○○県議・○○市議」のような形のもので、公示日翌日5日の朝刊に一覧表で掲載されたのはこの形式でした。

 その次は32文字までの「32略」。ここから「カルタ」の形になります。32略では略歴に加えて学歴も盛り込みます。経歴部分の並べ方にも厳密な取り決めがあります。「今もやっている役職は重要な順」「の後に並ぶ過去の職は最近まで務めていた順」なのです。

 最後は70文字までの「70略」。これには32略に入れた学歴に加えて選挙管理委員会に届け出た住所も盛り込みます。比較的詳しいこれらの「カルタ」は、主に地域面などで使われています。また、投開票後の当選者一覧としても使われます。

 

●文字数とのたたかい

 「カルタ」は一見記事っぽくはありませんが、これらもちゃんと校閲しています。一般の記事よりも字数制限が厳しいため、極限まで字数を絞りかつ正確に伝わるよう、苦心して数々の取り決めを設けています。

 たとえば会社の社長。一般には「建設会社社長」と「社」は重ねていうのが普通ですが、ここは1文字でも節約したいため「建設会社長」とします。通じるんだけどなんか舌足らず……と思っていたら、最近では一般記事の見出しでもちょくちょく目にするようになりました。

 政党もやっかいです。たとえば「朝日党」というのがあって、その代表が立候補するのであれば「党代表」だけですみますが、この人が過去に「夕日党」に所属していて政調会長を務めていてそれも記載する場合、「党代表党政調会長」ではまずく、「党代表夕日党政調会長」でなくてはなりません。「政党渡り鳥」は校閲記者泣かせでもあるのです。

 職業などの経歴については、近年、長い外来語をそのまま用いた会社名や職種なども増えてきました。これがまた悩みの種で、そのまま入れようとすると字数が「あふれる」状態になります。たとえば、「システムエンジニア」は9文字。最短の7略には入りません。世間一般には「SE」と略しますが、これでは知らない人には何のことかわからない。というわけでこれは「システム技術者」に。

 また「経営コンサルティングをしている会社の社長」は「経営指導会社長」などとしました。ほかにもCEOなどは長くなっても「最高経営責任者」とするほうが望ましいし、とくにCFO(最高財務責任者)、COO(最高執行責任者)などはそれほど知られているとは言えず、「役員」とする場合もあります。

 ずっと一つの仕事をしてきて今回初めて立候補した人と、ベテラン議員で政党や国会の役職などを数々歴任してきている人とでは経歴の量に差が出ることがあります。取り上げられる経歴が少ない場合でも、できるだけ不公平にならないよう、ほかに盛り込めるものはないか探します。また、たくさんの役職などを経験していても、それが党の役職ばかりに偏っていないかなどにも注意を払っています。とはいえ、字数を節約したいからといってその人の代表的な肩書を採用しない、などということがあってはいけないし、もちろん誤字などがあっては有権者に誤った情報を伝え、候補者の選挙活動を妨害することにもなりかねません。固有名詞などの点検にも細心の注意を払います。

●顔写真も点検します

 「カルタ」は「字」のほうだけでなく、「絵」も忘れてはいけません。ただの顔写真のようですが、これも実は点検をしています。

 衆院選はいつあるかわからないものではありますが、さて急に解散、総選挙だとなったときにあわてなくて済むよう、実は普段から少しずつ準備をしています。次に選挙があれば確実に立候補する、という人の情報は先に作っておいたりしています。顔写真も同様で、いつ使うかはわからないが、とりあえず撮影して置いてあるものがあります。そのような顔写真が古くなりすぎていないか、写りが鮮明か、などはもちろんのこと、先日、私がカルタの一覧表をどさっと渡されて頼まれたのは、

拡大大阪本社で管理している候補者情報、約400人分がこのファイルに入っています
 「歯を出して笑っている人がいないか見て」

というものでした。歯を出した写真は使わない、という決まりになっているのです。果たして、点検の結果は、うっすら口が開いているように見えるが歯は見えていないかな、という人が数人いたものの、撮り直さないといけないようなケースはありませんでした。

 歯を見せないようにしつつも、にこやかに笑みを浮かべている候補者もいて、感心してしまいました。今では撮ってその場で見られるデジカメのおかげでそういう「事故」は減りましたが、フィルムを現像してみないと何が写っているか分からない時代には、笑顔のほかにも目をつぶっていたりあさっての方向を向いていたり、「こんな写真とても掲載できないよ」というものもありました。

 今回の衆院選は、衆議院解散後に政党の離合集散が激しく、直前まで手直しやら新規の候補者情報点検やらに追われることになりました。ふたをあけてみれば、候補者数は現憲法下で過去最高の1504人。忙しいはずです。

●気が抜けない「更新忘れ」

  いざ選挙となってから新しく作られる候補者情報については、持ち時間が少ないのが苦しいものの、一度点検を済ませてしまえば、公示日までに変更があるおそれはあまりありません。ところが、以前から作られている情報は、一度OKにした時点から変わった部分はないか、などをもう一度見直さなければなりません。

 今回もっとも見直しが多かったのはやはり政党に関係する部分。まずは自民党と民主党で秋に役員人事があり、現職として取り上げている役職がもう現職ではなくなっているなどということが多くありました。

 次いで政党の異動。前回の衆院選後に政党を移った場合は、できるだけ略歴にも前回所属していた政党の役職を載せる、という方針を立てているため、この点で直しを必要とするものが多数ありました。さらに、公認政党の欄の変更も相次ぎました。移った先の政党が数日で解党したため、カルタのほうも修正が入ったと思ったら数日でまた修正、というケースも続出しました。

 さてだいたい直ったはず……と一覧表にして再点検してみたら、一人だけ解党したはずの政党公認の人が残っていた、なんてこともありました。気が抜けません。

 さて衆院選の投開票はもう間近。校閲記者が文字どおり「寸暇を惜しんで」点検したカルタ、こちらに載っていますので投票日までにもう一度目を通していただけたら、と思います。

(竹下円)