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ことば談話室

変換――定着のキーはワープロにあった

市原 俊介

 パソコンや携帯電話で、いまこの瞬間も絶え間なく日本中で繰り返されている「変換」。キーボードでかな入力した文字を、漢字を中心とした別の文字に置き換えて表示する。このことを指す言葉として変換が定着したのは、ワープロなどによって日本語を電子的に扱うことが一般化してからのことです。

 日本語独特の漢字かな交じり文を効率的に入力・表示するには欠かせない仕組みですが、一般にワープロが普及したのは1980年代ですから、広く知られている割には新しい表現といえるでしょう。これほど一気に身近になった原因は、日常で使うことが急激に増えたうえに、他の言葉で示すにはかえってわかりにくくなるほどその概念が新しかった、ということがあったのかもしれません。

 今回は変換という語の新たな意味が、どんなふうに広がってきたかについて考えてみます。

 ●新たな用法、辞書にはまだ?

 各種の辞典をみてみると、「変換」の説明として「かな文字を漢字かな交じり文に換える」のように項目を立てて書いている例は、多くはありません。

 日本国語大辞典(第2版2000年、小学館)では「(1)(―する)ある事柄・事態がそっくり別の事柄・事態に変わること。また、変えること。変更。(2)数学で用いる語。(イ)写像のこと。(ロ)座標系をとりかえること。(ハ)式の形を変えること。」とあり、特に言及していませんでした。

 岩波国語辞典(第7版2011年、岩波書店)では「かえること。かわること」と意味を示した後で、用例として「仮名を漢字に――する」と取り上げています。新明解国語辞典(第7版2011年、三省堂)などでも用例として掲載しています。

 かなを漢字など別の文字に換えるという意味で変換という語が使われたのは、情報処理の分野が早かったようです。電子機器の一般化にともない、大量の日本語を効率的に入力・表示したい、という社会的な要求に応え研究が進められていました。1967年には栗原俊彦九州大教授(情報処理、当時)らが「仮名文の漢字混り文への変換について」という論文を発表しています。

 機械にあらかじめ電子辞書を保存しておき、そこからふさわしい候補を選ぶ、新たな仕組み。それまで一般的だった入力と出力が一対一で対応する和文タイプに比べて、入力の速度と自由度で大きく向上するものとして考えられていました。

 ●おなじみのキーはアラサー

変換キー拡大筆者が仕事で使っているパソコンの変換キー。実はスペースキーで変換することが多く、あまり使っていませんが……
 78年9月には、日本初のワープロ「JW-10」が東芝から発売されます。変換機能が実装された一般向けの最初の機械です。かなで文字を入力した後、「漢字/文節」キーを押すと、変換候補が表示される仕組みでした。

 80年には、富士通も「オアシス100」で市場に参入。後に「親指シフト」として有名になるキーボードには、「変換キー」「無変換キー」が搭載されました。

 その後各社が参入し、80年代を通じてワープロが大衆化していく中で、当初は変換キーを採用していなかった東芝の機種でも使われるようになるなど多くのメーカーで変換という言葉を使うようになり、この仕組みが広く知られていくようになりました。

 ただ、現在パソコンでワープロソフトを使うときに、変換キーを使って変換している人は少ないかもしれません。キーの大きいスペースキーに同じ機能が割り振られていることが多くなっているからです。変換キーや無変換キーの存在がタイプミスの原因となっている、という声もあります。

 ●「変更」でも「交換」でもなく

 ワープロが普及し始めた当時の朝日新聞の紙面では、この意味で使われる変換を、なじみのある他の言葉を使って示そうとしていました。

 変換がほとんど知られていなかったと思われる78年9月27日付経済面では「仮名文字で入力した文章を自動的に漢字まじりの文章にかえて、出力できる日本語ワードプロセッサー」が発売されるとあり、「仮名文字でタイプすれば、記憶装置により、機械が前後関係を判断して、書き取りをするように、漢字まじりの文章にする」と書いています。

 80年5月8日付の経済面の記事では、「富士通の『日本語電子タイプライタ』はひらがなで入力したものを、約十万語収容できる単語記憶装置から選択、漢字や熟語に変換する方式」としています。ここで使われている変換という言葉は、かなを漢字にする、といういまの意味ではなく、単に「置き換える」といった意味合いで使われているような印象です。

 81年11月22日付の紙面では、「かな文字でタイプ入力すれば漢字に転換できる日本語ワープロ」と表現されています。

 どうして変換という言葉が一般化したかについて考えると、この言葉が、情報処理の専門分野以外ではあまり使われることがなかった、というのも面白い要素かもしれません。

 たとえば「変更」だと、他の言葉にもつながって使われることが多く、連想される意味が一般的すぎてかなを漢字に置き換える、といった意味は出づらい感じがします。「交換」だと、実際に存在しているモノを取り換える、といったニュアンスが強くて、データを置き換えるかな漢字変換にはふさわしくないでしょう。

 できるだけ別の色がついていないこと。結果的に変換という言葉が定着したのは、そこにキーがあったからかもしれません。

(市原俊介)