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ことば談話室

断層――「活」を入れなきゃいけないのは?

 最近原子力発電所関係のニュースで「活断層」という言葉をよく聞きます。原発の敷地内に活断層が見つかったとか、活断層を決める基準が広くなったとか。では、いったいこの活断層とはなんなのでしょう。活断層は断層の一種です。活断層について話す前に、まずは断層という言葉について説明しましょう。

 ●大地が動いた証拠

 わたしたちが立っている地面は、全く動かないように見えて、実は少しずつ動いています。

 その動きは常に一方向ではないので、ある地点に相反する力が加わってそれが蓄積されると、ある時、耐え切れなくなって一気に力が開放され、強い相反する力によって地層がずれると同時に地震が起こります。このときずれた地層が断層と呼ばれます。

 断層の存在は大地が動いている証しだと言えるのです。

 断層と言えば、北アメリカ西部に1千キロメートル以上にわたって続くサンアンドレアス断層や、近い将来に大地震を起こすとされる太平洋の南海トラフなどが有名でしょうか。

 理科の教科書などで、バウムクーヘン状の地層にななめの線が走りその左右で地層がずれている、というような断層面の図を見たことがある人も多いでしょう。

 しかし、断層面が露出しているような切り立った崖や、ボーリング調査で地中の様子を調べなくとも、東京近郊でも大地の動きを感じることが出来る場所があります。

大曲拡大立川断層を避けて湾曲している玉川上水の大曲
 東京都立川市。西武鉄道拝島線武蔵砂川駅を下車し玉川上水沿いに東へしばらく歩くと、それまでまっすぐだった水路が南に湾曲している場所があります。これが「大曲(おおまがり)」です。東京の地形は基本的にはわずかながら西が高く東が低いため、玉川上水もそれに沿って西から東に水を流しています。しかし南北に走る立川断層の両側では東側が西よりも高い小さな崖になっているのです。その立川断層と玉川上水が交差する部分が大曲です。

 崖といっても実際に現地を見たところでほとんどわからないような高低差ですが、これに逆らってまっすぐ水路を掘ろうとすると大変な労力が必要になります。この段差を回避するために一度高度が低い南の方へ水を逃がしているのです。

 かつて江戸の町に飲み水を運んだ玉川上水は、幕府から命を受けた庄右衛門・清右衛門の玉川兄弟がわずか1年ほどで40キロメートル以上を掘り進んで造り上げました。立川断層が前回動いたのは1500年ほど前とされているので、玉川兄弟は活断層の存在など知るよしもなかったでしょうが、大曲の工夫を見れば玉川上水が単なる突貫工事で作られたのではなく、当時の高い測量・土木技術が生かされたものであることがしのばれます。

 ●基準を作る難しさ

 さて、名前をあげたサンアンドレアス断層、南海トラフ、立川断層は全て活断層に分類されます。普通の断層と活断層を分ける基準はなんでしょうか。

 活断層という言葉が初めて使われたのは東京大学地震研究所の多田文男教授が1927年に「地理学評論」という雑誌に載せた論文です。

 多田教授は関東地震や北丹後地震の研究から、断層が地震とともに活動することを解明しました。つまり地震を研究する上で断層に注目するのが大事だとわかったのです。

 地震が起こって断層が動くのは、数千年、数万年に一度というオーダーの出来事です。人間が文字の記録を残している中で2回動いた断層は、841年と1930年に動いた、伊豆半島にある丹那断層のみです。地震のようなごくまれにしか起こらない現象を研究するには、地形や地層を調べるしかないのです。

 多田教授は論文で「活断層」を次のように定義しました。

 「極めて近き時代まで地殻運動を繰り返した断層であり、今後もなお活動すべき可能性の大いなる断層を活断層という」

 ここでいう「極めて近き時代」のことを、多田教授は地質時代で言う第四紀のことだと想定していました。この説明がなされた時には第四紀は約180万年前から現在までとされていましたが、現在は約260万年前からとされています。

 180万年前というのは、我々人類の祖先である猿人が類人猿から分かれてようやく誕生した頃であり、氷河期の地球ではいたるところをマンモスが闊歩(かっぽ)していました。そのような遠い昔を「極めて近き時代」と表現するのは普通の感覚からはずれるかも知れませんが、地球誕生以来46億年というとてつもなく長い時間を扱う地学の視点に立てば、180万年やそこらというのはごく一瞬ともとらえられるわけです。

 この定義は現在でも広く受け入れられており、日本地質学会のホームページでも使われています。日本列島周辺の地殻にかかる力は第四紀の初頭におおむね定まったとされています。

 つまりその時代以降に地層に継続的に力が加わって地震とともに断層が生じた場所であれば、今もまだその地層に力が加わっており今後も地震が発生する可能性が高いというわけです。

 後に研究が進むと、第四紀の前半には活発に活動していたのが、後半になると活動を停止してしまった断層も見つかりました。先ほどあげた定義に照らし合わせてみると、第四紀に活動していた断層であっても「今後もなお活動すべき可能性の大いなる断層」でないならば活断層と呼ぶのは不適当だということになります。そのため、研究者の立場や目的によっては、40万年前まで、あるいは十数万年前までに動いた断層のみを活断層というようになりました。

 ●分かれ目は社会の安心感

 ここからここまでが活断層だ、とすぱっと決めてしまうことができないのには色々な理由があります。数千年以上の間に一度しか動かない活断層を頼りに、目に見えない地面の動きを探る地震学の研究は、どうしても誤差が大きくなります。ここよりも古い断層はもう動かないなどということはなかなか言えないのです。

 また、活断層の定義がそもそも地震研究のなかで決められたものだというのも線引きを難しくしています。「今後もなお活動すべき可能性の大いなる断層」を活断層として他の断層から区別し、地震予知のために役立てようというのがそもそも目的の一つなのです。可能性の高いものも低いものもまとめて活断層に分類してしまっては、どこが危険で対策を取ればいいのかがわからなくなります。

 そもそもの話をするなら、今まで断層がなかった場所に急に地震が発生する可能性もないわけではありません。どこもかしこも危険だということにしてしまうと安心して利用できる土地がなくなってしまうし、逆に基準を狭くしすぎると危険を見逃してしまうことになります。

 活断層の基準は科学的な方法だけではなく「どこまでの危険なら受け入れられるか」という社会的な合意も必要になるため難しいのです。

(大月良平)