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ことば談話室

「残念な人」ってどんな人?

細川 なるみ

 「残念な人」ってどんな人?

 ――職場でこんなことを聞いて回ったのは、最近「残念」という言葉が以前とは違った意味で使われているのを確かめるためでした。

 返ってきた答えは、「一流大を出ているのに仕事ができない人」「熱意が空回りしている人」「頑張っておしゃれをしているのに、なぜかあか抜けない人」などなど。どこかずれている、惜しい人といったところでしょうか。自分でもそういう言い方をする、と答えたのは主に20~30代。40代以上になると「聞いたことはあるけど自分では使わない」「そんな言い方聞いたこともない」という反応が増えてきました。

 

 本来「残念」といえば、「残念な結果に終わった」「残念な出来事があった」などと、ある事柄について心残りだったり悔しかったりする気持ちを表したものですが、人や物を指して言うことはなかったように思います。

 朝日新聞の記事データベースで「残念な人」を検索してみると、「残念な人を亡くしました……」といったおくやみの言葉がわずかにヒットするのみ。亡くなってしまって残念だ、と故人を惜しむ言葉ですね。それがいつの間に、人をけなすような意味を持つようになったのでしょう?

 

◆「残念」のルーツを探る

 私自身がこの言葉を使い始めたのは、2007年ごろ。友人に合コンの首尾を尋ねたところ、「ちょっと残念なメンバーだった……」。その一言でなんとなく伝わってしまうのが面白く、それ以来仲間内でよく使うようになりました。ヘアカットに失敗した「残念な髪形」、はやりのハーフパンツなのに自分がはくとピーターパンにしか見えない「残念ファッション」、寝ただけで終わってしまった「残念な週末」――。がっかりしたことを自虐ネタとして笑い飛ばせる、なかなか便利な表現です。人間30年も生きていると、残念な過去は数知れず。笑わなきゃとてもやってられません。

 ……少し脱線してしまいました。「残念な人」のルーツを探るんでしたね。
 先のアンケートに答えてくれた皆さんに、「いつ、どこで聞いたか」についても尋ねてみました。それによると、数年前にテレビで使い出したお笑い芸人がいたようです。

 お笑い番組は私も学生だった02~04年ごろはヒマさえあれば見るほど好きでしたが、そのころこうした表現を耳にした記憶はありません。04年に流行語になった波田陽区の「残念!」ともちょっと違うようです。それとも東京のテレビには出ない関西の芸人さんでしょうか。関西のお笑いに詳しい先輩に探りを入れてみました。

 数日後、さっそく先輩から有力な情報が寄せられました。
 「千原ジュニアが『すべらない話』で『残念な兄』を連発したのがおそらく最初だろう――」

◆千原ジュニアと「残念な兄」

拡大千原ジュニア
 千原ジュニアは吉本興業の芸人さんで、兄の千原せいじと「千原兄弟」というコンビを組んでいます。元々は千原浩史(こうじ)の本名で活動していましたが、「すべらない話」への出演などをきっかけに全国的に知られるようになり、現在の芸名に変えました。いまでは、司会業や俳優業もこなすマルチタレントとして親しまれています。

 

 この「すべらない話」というのは、04年末からフジテレビで放送されているバラエティー番組「人志松本のすべらない話」のこと。ダウンタウンの松本人志をはじめ数人の芸人が集まって「実際にあった面白い(すべらない)話」を披露し合う、芸人同士の飲み会をのぞくような気分で楽しめる番組です。(時々すべる時もありますが…)

 レギュラーメンバーである千原ジュニアはこの番組で、相方であるせいじさんを「残念な兄」と呼んで失敗談や奇行の数々を暴露しており、ウィキペディアに「『残念な兄』こと千原せいじ」と書かれるほど、有名なネタのようです。

拡大「残念な兄」千原せいじ

 番組は年に2~3回のペースで放送され、現在第23弾を数えます。果たしてその中で、一体いつから使っているのでしょうか。

 

 おりしも近所のツタヤが旧作100円キャンペーン中。DVDをまとめ借りして、かたっぱしからチェックしてみました。ゆる~いやり取りを一言も聞き漏らすまいと真剣に見ていると、早くも第1弾(04年12月放送)でお兄さんの話が出てきました。どうやらこのせいじさん、少年のように純粋な一方で少々デリカシーに欠ける、かなり個性的なキャラクターのようです。しかし、この時点では「残念」という言葉はまだ出てきません。

 さらに見ること3時間。第4弾(05年12月)で初めて「残念な兄」と呼び始めます。05年9月の第3弾では使っていなかったので、その間に生まれたと言えそうです。以後、千原ジュニアが「うちに残念な兄がいまして……」と話し出すだけで爆笑が起きるほど、おなじみのネタになっています。

 

 これに対し、ほかの芸人は相づちで「それはたしかに残念だね」などという程度で、自発的に使ったのは06年3月の第5弾が初めて。メンバーの一人が、当時人気が出ていたレイザーラモンHGの、やや知名度の劣る相方(レイザーラモンRG)を指して「残念な方のレイザーラモン」と呼んでいます。(HGの方も、ある意味残念ではありますが……)

 その後も、千原ジュニア以外の人が使った例はごくごくわずか。もしかしたら、「残念」ネタは彼の専売特許として後輩の芸人たちが遠慮しているのかもしれません。

 結論として、千原ジュニアが言い出しっぺかどうかはともかく、若者の間で「残念」が広まったのは、やはりこの人の影響が大きいようです。

 

 

◆脱・残念のすすめ

 もう少し上の世代にも認知されるきっかけとなったと思われるのが、2010年にベストセラーになったビジネス書「残念な人の思考法」(山崎将志著、日経プレミアシリーズ)。その後も「残念な人の仕事の習慣」「残念な人の英語勉強法」など、「残念な人」を冠したシリーズが人気を呼んでいます。

拡大「残念な」タイトルの本いろいろ

 

 「残念な人の思考法」によると、残念な人とは、能力もやる気もあるのに「何かが間違っているために、結果がいまひとつになってしまう」ような「もったいない人」のこと。仕事の段取りや効率を考えないがゆえに、成果が伴わないのだそうです。

 いわく、「一つひとつの仕事は丁寧だ。しかも、毎日朝早くから夜遅くまで会社にいる。やる気もあって性格もよい。しかし、一日が終わって『疲れた』状態になることを仕事が充実していると勘違いしているフシがある」。

 

 どきっ。何だか、毎晩残業してだらだら原稿を書いている自分のことを言われているようです。もしや私も残念な人??

 

 書店に並ぶビジネス書のタイトルを眺めてみると、どうやら当世の会社員は「できる人」「残念な人」「ダメな人」に分類されるようです。あいにく「ダメな人」のための特効薬は見当たりませんでしたが、「あなたはダメなんじゃなくて残念なだけなんです、少しやり方を工夫すればできる人になれますよ」というメッセージは、現実的な目標としてなかなか魅力的に響きます。

 そもそも残念な人の残念たるゆえんは、本人にその自覚がなく、他人からも指摘してもらえないこと。それを本でこっそり指摘してもらえるだけ、ありがたいというものです。

 

 「残念」の意味合いが本家・千原流(と、勝手に名付けてみました)とちょっと違うのは、ビジネス書ゆえの解釈でしょうか。ダメな人と言われればむっとして誰も買わないでしょうが、「残念な人」であれば「私もそうかも」と素直に受け入れられるのかもしれません。

 

 

◆若者言葉に認定?

 「残念な人」といった用例は、主立った国語辞典にはさすがに載っていないようです。

 では、流行語などをまとめている「現代用語の基礎知識」(自由国民社)はどうでしょう? 最新の2013年版を見ると、「若者」の項にこんなのがありました。

 「残念系=良い点があるのに、『何とも残念な』欠点がある状態」

 12年版以前は言及がなく、載るのが少し遅いかなという気もしますが……。こうした言葉ははやりすたりが激しいので、「残念」が一体何年版まで生き残るのか、気になるところではあります。

 

 ちなみに、「残念な人シリーズ」を紹介するウェブサイトでは、「残念な人診断」というテストを受けることもできます。

 私の結果は、「残念な人度37.5%。すでに残念な人だと影で囁(ささや)かれている可能性が少なくありません。この機会に脱・残念しましょう」……。校閲のみなさん、そんなことささやいてませんよね!?

(細川なるみ)