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ことば談話室

「ブンメイってなぁに?」…こどもに伝える難しさ

藤井 秀樹

 新年度も、はや1カ月近く。まだ幼稚園に入ったばかりと思っていた長女も、いつの間にか年長組になった。毎日友達と遊んだり、おしゃべりしたりする中で、どんどん知恵や言葉が発達していく。

 入園時に比べ、一つの会話が長時間持続するようになってきたばかりでなく、幼稚園で縄跳びの自己記録を更新した話だとか、バスで遠足に行った話など、内容のより深い、具体的なところまで話し込むことができるようになってきたのはうれしい。

「これ、どういう意味?」。子供のするどい追及が始まる拡大「これ、どういう意味?」。子供のするどい追及が始まる

 ◇意味を聞かれて…立ち往生

 本の読み聞かせも、絵に偏りがちだった関心が、次第に「物語の流れ」に行くようになり、絵が挿絵程度の、文字が中心の本も読むようになってきた。言葉のひとつひとつに対する興味も出てきたようで、分からない言葉があると「これどういう意味?」と聞いてくる。「かいぞく(海賊)って何?」「『いざ、しゅっぱつ!』ってどういう意味?」「『えくぼ』って何?」「『とてつもなく』って、何それ?」「キンチャクブクロって何?」。まさに好奇心からわき出る、くめども尽きせぬ泉といった感じで、次から次へと質問が繰り出される。

 日々、言葉と向き合う仕事をしている者としては、どんな疑問にもスラスラと答えて「さすが、お父ちゃん!」と、称賛と尊敬を一身に集めたいところだが、日ごろ「オトナの世界」で当たり前のように使っている言葉を、5歳の子供に分かるように解きほぐし、説明するというのは結構難しい。

 「一休さん」の話を読んでいた時のこと。
 『あるおてらに いっきゅうさんという とんちのとくいな こぞうさんがおりました。』
 「『こぞうさん』って何?」
 「『小僧さん』というのはね、立派なお坊さんになるために、お寺でお勉強してる人のこと」
 「ふーん、じゃあ『とんち』は?」
 「とんち? 頓知ねぇ……」

 「頓知」って何だろう? 子供の時に見たアニメ「一休さん」の「とんち=一休さんの必殺技」みたいなイメージだとか、小学生の頃読んでいた学習雑誌の片隅にあった「とんち教室」「とんちクイズ」みたいなコーナーの印象から、「難解で意地悪な問題をうまく切り抜けるための知恵」といったイメージが浮かぶのだが、「じゃあそれを5歳の子供に分かる言葉で説明しなさい」となると、何と言ったらいいのか、すぐには思い浮かばない(今こうやって文章にしている分には簡単に思えるが、実際の頭の中ではもっとモヤモヤしている)。

 やむをえず、「ウーン……一休さんみたいに頭がいいこと!」と説明にも何にもなっていない答えでごまかしてしまった。長女も「ふーん……」と釈然としない雰囲気ではあったが、それほど真剣に知りたかったわけでもないらしく、特にそれ以上追及もしてこなかった。

 どういう風に説明すれば良かったのか、反省も兼ねて後で辞書を見てみたら、「とっさの場合にすばやく働く知恵」(大辞林)とあった。もちろんそのままでは5歳の子供には伝わらないので、辞書の解釈を頭の中でかみ砕き、言葉のパーツをバラしたり入れ替えたりしながら、ああでもないこうでもないと思い迷った末、「困ったときに『いい考えがあるよ!』って、すぐに思い浮かぶこと」という、ごくありふれた答えにたどり着いたのは、その3日後だった。

◇「文明」って、お菓子のこと?

 言葉に対する子供の飽くなき追求は、本の読み聞かせの場だけにとどまらない。

 先日、夕飯を作るためタマネギを刻んでいた時(*)、ただ刻むのも退屈なので「♪カステラ1番、電話は2番、3時のオヤツは文明堂ぉ~」と鼻歌を歌っていたら、横で見ていた長女がいきなり「ブンメイって何?」と聞いてきた。

 不意を突かれて思わず包丁を持つ手が止まり、「ブンメイ? 文明っていうのは……」と、しばし時間稼ぎをしている間、頭の中で「文明」から想起されるイメージを搾り出し、子供に説明できそうなものがないか思い巡らすのだが、出てくるのはツタンカーメンの黄金のマスクとか、牛鍋をほおばるザンギリ頭のハイカラな兄ちゃん(どうやら「エジプト文明」「文明開化」からの連想らしい)など、とても使い物になりそうもないものばかりが頭の中をグルグルと駆け巡る。

 ボーゼンと絶句したまま立ち尽くしていると、長女は「お菓子のこと?」と畳みかけてくる。

 (いや違う!)と思いつつ、他に適当な答えも思い浮かばないので、仕方なく「う~ん、まあそうだね」とお茶を濁す。(まぁいいや、お菓子が日常的に食べられるようになったのも、文明が発達したからだし)等と心の中で苦し紛れの言い訳をする。これではただのウソつきオヤジでしかない。

 「文明」を辞書で引くと「人知が進んで世の中が開け、精神的、物質的に生活が豊かになった状態」(大辞泉)とある。易しく言い換えれば「世の中が進んで、暮らしが豊かになること」となろうか。しかし5歳児にはこれでもまだ難しい。「暮らし」とは何か、「豊か」とは何か、「世の中」とは何なのか。「文明という言葉一つ、子供に説明できないなんて……」とガックリする一方、「やっぱり、ある程度成長して、経験を積まないと理解できない言葉だってあるよなあ」と私はぼやいた。

 ◇そうだ、辞書に聞いてみよう 
 
 そんな風にジタバタしている中で、ここはひとつ、幼児向けの辞書があれば何とかなるんじゃないか、そう思って近所の書店をのぞいてみた。

書店の幼児書コーナーにはさまざまなタイプの「絵じてん」が並ぶ=兵庫県西宮市のブックファースト阪急西宮ガーデンズ店拡大書店の幼児書コーナーにはさまざまなタイプの「絵じてん」が並ぶ=兵庫県西宮市のブックファースト阪急西宮ガーデンズ店

 少子化やそれに伴う早期教育の低年齢化を受けてか、現在は幼児向けの「言葉絵事典」が数多く出ている。図鑑的な要素が強いものから、辞書的な編集に力を入れているものまで、各社がそれぞれに工夫をこらす。

 辞書的要素が強いものでは、2008年発行の小学館「ことばのえじてん」は約3100語を収録、「幼児用辞典で最多」とうたう。三省堂の「こどもことば絵じてん」は1996年発行(現行の「小型版」は2009年発売)。直接のつながりはないものの、その前に出ていた「幼児のこくご絵じてん」も含めると1971年までさかのぼる「老舗」である。両者とも見出し語に例文とイラストをつけ、語の解釈を付している。「百聞は一見にしかず」の言葉通り、語彙(ごい)をイメージで理解する分にはどの絵事典も内容が充実しているが、今回はあくまでも語彙の解釈を重視し、小学館版と三省堂版の2冊を買い求めた。

 これまで子供の質問に出てきた「海賊」「出発」「えくぼ」「とてつもなく」「巾着(袋)」「小僧さん」「頓知」「文明」の8語について調べてみた。しかし、両者とも載っていたのは「出発」と「えくぼ」のみ。「巾着」や「文明」はさすがに未就学児には難しいだろうが、絵本や昔話などで耳にすることが多いであろう「海賊」や「小僧さん」が載っていなかったのは、ちょっと意外な気がした。

 「こどもことば絵じてん」編集担当の三省堂出版局・瀧本多加志さんによると、「幼児向けの絵本・物語に登場する語彙をカバーする必要性は当時から感じていたが、一方でそのような語彙まで収録すると、1冊の『絵じてん』としてまとめることが不可能になる。まず幼い子どもたちに、辞典という形の本に親しんでもらうことを優先した」という。やはり、幼児向け辞書も重要な言葉を絞り込んでいるので、子供の貪欲(どんよく)なまでの好奇心に全て対応するのは無理というものであろう。

「ことばのえじてん」(小学館、右)と「こどもことば絵じてん」(三省堂)。収録語の選択や語の解釈の違いを比べながら読むのも楽しい拡大「ことばのえじてん」(小学館、右)と「こどもことば絵じてん」(三省堂)。収録語の選択や語の解釈の違いを比べながら読むのも楽しい

 「ことばのえじてん」を担当する小学館コミュニケーション編集局の大野美和さんは「辞書を『引く』という行為は、6歳くらいまでの未就学児にとってはかなり高度な技術。文字は読めなくても絵でなんとなく理解する、というところから始まり、耳で聞いて覚えた言葉をさらに『文字』として説明されて理解を深め、『国語辞典』への段階を踏む足がかりになるように作っているため、まず『ことばとふれあう』ことに主眼を置き、感覚的に理解できる『生活用語』を重点的に掲載している」という。

 長い人生、言葉との出あいは人それぞれ。子供の質問は自分自身の「言葉の原点」に立ち返る意味で、いい「頭の体操」になるし、たとえうまく答えられなくても、問いかけに四苦八苦しながら答えをひねり出す、その会話の時間こそが親子にとって一番貴重なのだ。あくまでも辞書は未知の語彙を増やすための読み物として、また言葉の理解が正しいかどうかのチェックリストとして使えばいい。そう割り切って手元に置いている。

 子供の質問は今日も続く。
 「この『がってん しょうちのすけ!』ってどういう意味?」「ウーン……」

(藤井秀樹)

 *:ちなみにこのとき作っていたのは、今年2月24日付の朝日新聞生活面に載っていた「鶏ささみのクリーム煮」。