ことば談話室
(2013/05/09)
「スクランブル」という言葉が最近、新聞紙面にたびたび出ている。3月、ロシアのTU95爆撃機2機が日本を一周するという特異な飛行をした。領空侵犯はなかったものの、航空自衛隊の戦闘機が緊急発進して警戒にあたった。こうした対領空侵犯措置任務での戦闘機の緊急発進を指すスクランブルは、昨今の尖閣諸島を巡る情勢もあって頻繁に使われるようになっている。
航空自衛隊は、日本の領空の外側にある防空識別圏をレーダーサイト、早期警戒機、空中警戒管制機によって24時間態勢で監視している。国籍不明機が日本の空を侵犯する恐れがあると、戦闘機が緊急発進して守っている。
じゃあ海の守りは? 昨今、「海猿」で有名になった海上保安庁が活躍する。5月に入っても尖閣諸島の魚釣島沖で、中国の海洋監視船が領海に侵入し、海保の巡視船が退去を求めた。日本の海を守るのは海上から目を光らせる保安庁。だが、それだけだろうか。
●海自にも「航空集団」
2月にこんな記事が朝日新聞に載った。
「防衛省は13日、中国海軍艦3隻が同日午前5時ごろ、沖縄・宮古島の北東約100キロの公海上を太平洋から東シナ海に向かって航行しているのを確認したと発表した。海上自衛隊のP3C哨戒機と護衛艦が確認した」(東京本社版2月13日付夕刊)
「哨戒」。言葉自体はご存じでも、普段なじみのあるものではないだろう。「哨」は見張る、「戒」はいましめる、警戒するという意味を表している。
海上自衛隊では、海上の護衛艦、海中の潜水艦に加え、空からの哨戒機でも、日本周辺海域をパトロール(哨戒)している。海洋国家である日本では哨戒機、なかでも長時間のフライトが可能な固定翼哨戒機の役割は大きい。固定翼哨戒機P3C・ORIONは日本上空から洋上の監視を行っている。北は北海道周辺、日本海、南は東シナ海までの海域全体を監視し、不審な船舶の発見に努めている。1999(平成11)年の能登半島沖の不審船、2001(平成13)年の九州南西海域での不審船はいずれもP3C哨戒機が発見したものだ。
1999年3月24日、自衛隊法82条に基づき、内閣総理大臣の承認を得て、防衛庁長官(当時)から初の「海上警備行動」が発令された。不審船に対し、護衛艦「はるな」「みょうこう」が警告射撃を実施。八戸航空基地所属のP3C哨戒機3機が警告のため、一定の距離をとり爆弾を投下した。
P3C哨戒機は、いうなれば「空飛ぶパトカー」である。全長35メートル、全幅30メートル、最大速力時速730キロ、航続距離は7千キロ。一般には自衛隊の航空機といえば「航空自衛隊」が浮かぶだろう。しかし海上自衛隊にも「航空集団」というものがあり、哨戒機をはじめ、さまざまな航空機が運用されている。
●最大の武器は人間の「目」
筆者はここ数年、P3C哨戒機に何度か搭乗する機会があり、北海道周辺海域を飛んだ。今年も3月に報道関係者向けに海氷観測のもようが公開され、海上自衛隊・八戸航空基地を訪れて参加した。ここには日本最北端のP3C部隊、第2航空群第2航空隊が配備されている。海氷観測は気象庁に対する業務支援として半世紀以上にわたり実施されているもので、船舶の航行、漁船の操業の安全に役立っている。哨戒任務とともに第2航空群特有の業務として行われている。
旅客機をもとにして造られたP3Cは乗り心地も良く、長時間の滞空性能に優れている。もっとも、哨戒機といっても機関砲などがあるわけではない。地対空ミサイルなどの危険は、機動によって回避するほかはなく、ずんぐりした機体からは想像できない飛行をする。今回のフライトでは、オホーツク海上で斜め下に流氷を見ることができ、一瞬ではあるが、体が浮くという感覚も味わい、その機動性能の一部を体感できた。
P3Cの機内の機首に向かって左側にふたつ、音響探知のための機器があり、音響対潜員(SS-1、2)という役割を担う搭乗員2人が座る。海に落としたソノブイが拾う音を聞き分け、音を波形として示すモニターをみつめる。
そしてもう1人。右側でレーダー画面と向き合う非音響対潜員(SS-3)がいる。そしてオーディナンスといわれる武器員とIFTと呼ばれる機上電子整備員。武器員はソノブイを発射機に装填(そうてん)したり、双眼鏡で船舶の識別やカメラで情報収集をしたりする。ミサイルや爆弾の回路の確認や地上において航空機への武器の搭載、点検も彼らの仕事である。
もっとも武器員の最大の武器は、その「目」である。船舶の監視は目視で行う。武器員は、艦船や商船など、様々な船のタイプを知識として蓄積しており、双眼鏡で識別を行う。その結果、「不審な船」という判断が可能となる。武器員の佐藤茂1曹(46)は「継続的な努力が必要な仕事です」と話す。IFTはシステム機であるP3Cが電子機器に不具合を生じた時、任務を継続できるよう、機上において故障復旧にあたるエキスパートである。もちろん対潜戦のように多くのソノブイを投下する時にはオーディナンスの補佐として作業を手伝っている。
前に進むと右側にナブコムといわれる航法通信士の席、そして機首にはコックピット。
正副の操縦士に加え、中央に機上整備員(フライトエンジニア)が座る。もう国内の民間旅客機では見られなくなったフライトエンジニア。パイロットのサポートに加え、機器に異常はないか、計器のウオッチはもちろん、もう一人の機上整備員とともに音やにおいにも注意をはらっている。
そしてもう一人、哨戒機特有の「戦術航空士」が乗り込んでいる。戦術航空士(TACTICAL COORDINATOR)という役割はあまり知られていないだろう。現場ではTACCO(タコ)と呼ばれる。センサーマンや武器員、通信士、そしてパイロットが得たすべての情報は、ここに集められる。哨戒のパターンの設定、ソノブイの設置など、戦術の判断をし、指示し、そして遂行する。
●チームワークが監視のカギ
戦術航空士の木村浩二3佐(43)は「きつい仕事ではあります」と話す。だが、その後に「思ったとおりの任務が遂行できたときの喜びは格別のものがあります」と加えた。
木村3佐は筆者搭乗機の機長でもある。一般のフライトでは正操縦士が機長、いわゆるキャプテンとなるが、哨戒機では戦術航空士が機長となることもある。操縦をすることはないが、効率的な哨戒任務を遂行するため、P3Cの頭脳となる役割だ。
タコには戦術面とは別にもうひとつの大切な役割がある。クルーを指揮する機長とは違った形で、クルーのコーディネーターとして、特に戦術を実施する上での搭乗員をとりまとめる役である。今年のフライトでは木村3佐にお世話になったが、一昨年、昨年のフライトでは、一緒に飛んだタコの古俣信貴1尉(36)のさりげない気配りに助けられた。くしくもP3Cの乗員は11人。いったん作戦に入れば「空飛ぶイレブン」ではタコが各クルーの能力を引き出す司令塔となる。様々な職種のイレブンをうまくコーディネートしてこそ、任務はスムーズに遂行できる。
機内で丁寧な説明をしてくれた海上幕僚監部・総務部総務課長・二川達也1佐(47)は前第2航空隊司令で戦術航空士。肩書だけを見ると物々しいが、筆者と同じ年齢だけに、歌の好みも似ており、カラオケでは「壊れかけのRadio」(徳永英明)を歌ったりする。今年は報道陣のアテンドなどのため古巣に戻り、ともにオホーツク海上空を飛んだ。
二川1佐によれば、戦術航空士という職種は、「意図的に作り上げていくものではなく、地道に努力していき、自然となっていくもの」だという。筆者が今まで出会った3人のタコを思えば、この言葉も納得できた。戦術上の指揮を執るといっても、結局はチーム内で、円滑な人間対人間のやりとりができるかに尽きる。
今年搭乗したP3C・5056号機は1995年の製造で、約20年飛び続けている。座席も一部はすり切れており、アナログ計器が並ぶコックピットも古めかしさを感じる。しかし、機内は清潔感があり、撮影用に使わせてもらった窓も磨き上げられ、クルーのこの飛行機にたいする愛着が感じられ、チームワークで飛ばしている雰囲気が伝わってきた。
3月には哨戒機としては戦後初の純国産P1が厚木基地に配備された。今後、哨戒の主役はしだいに交代していくだろう。しかし最新鋭機に変わろうとも海洋国・日本を守っているのは、つまるところ人間だ。ギリシャ神話に登場する狩人であるORIONの愛称を持ちながら、長年、愚直に飛び続け、どことなくユーモラスな表情にも見えるP3Cの鼻先を見てそう思った。
(平井一生)