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ことば談話室

馬名にまつわるエトセトラ~もっと競馬をおもしろく見るために

森本 類

拡大2008年天皇賞・秋出走時のウオッカ=有吉正徳撮影
 モグモグパクパク――今月5日のNHKマイルカップに出走した馬の名前です。競走馬の名前にはユニークなものがたくさんあって眺めているだけで楽しいものですが、勉強になることもあります。

 たとえば牝馬(ひんば)として64年ぶりに日本ダービーを制するなど、破格の活躍を見せたウオッカの父親は、2002年日本ダービーを勝ったタニノギムレットです。親子の共通点は、ウオッカ(朝日新聞の表記ではウオツカ)もギムレットもともにお酒の名前ということ。ジンをベースにしたギムレットよりウオツカの方が強いお酒で、「父より強くなってほしい」という思いが込められているといいます。冠名「タニノ」をつけなかったのも「ストレートの方が強い」から。ウオッカの妹ズブロッカもやはり、ポーランドのウオツカの名前です。

 親子の例が示すとおり、競走馬の名前には馬主のさまざまな思いがつまっています。今回は、ディープな馬名の世界にみなさまをご案内しましょう。

 ◇基本は「カタカナ9文字まで」

 人間の名前と同じように、競走馬の名付けにもいろいろと制約があります。まずは基本的なルールを見てみましょう。

 文字数は、「アルファベット18文字以内、カタカナ2文字以上9文字以内」と決められています。

 競馬に欠かせないものの一つが、実況です。出走馬のレースでの位置取りを伝えるのが重要な役割ですが、中央競馬でもっとも短い1000メートルのレースは1分もしないうちに終わってしまいます。勝負どころに入る前に最大18頭の名前を読み上げていくわけですから、あまり長い名前をつけないように決められているのです。

拡大2003年ジャパンカップダートの出走表=11月28日付朝刊
 9文字までという制限があるため、一部を省略した名前もあります。2008年菊花賞を制したオウケンブルースリ(冠名オウケン+香港の俳優ブルース・リー)はその一例です。

 海外で登録された馬が日本のレースに出走する際は、文字数をオーバーしてしまうこともあります。2003年のジャパンカップダートで、圧倒的な人気を背負った日本のエース・アドマイヤドンを下した米国のフリートストリートダンサーは、13文字もあります。当時の朝日新聞を見ると、文字を扁平(へんぺい)にしても入らなかったようで、騎手名を2行目に移していました。

 ◇「リユウズキ」が「リュウズキ」に

拡大1967年皐月賞優勝時の紙面=5月1日付朝刊12面
 日本競馬の歴史の中でも変遷があり、使えるようになった文字と使えなくなった文字があります。ワ行の文字は明暗がわかれ、ヰ、ヱを用いることができなくなった一方で、ヲは1997年から使用可能になりました。2000年にトレーニングセンターの火事で非業の死を遂げたエガオヲミセテは、前年のエリザベス女王杯で3着に入った実力馬でした。

 エガオヲミセテの馬主・小田切有一氏の所有馬にはほかにも、2006年高松宮記念覇者のオレハマッテルゼがいます。石原裕次郎主演の映画「俺は待ってるぜ」が由来だそうですが、「俺、はまってるぜ」とも読めるおもしろさがあります。「ハ」はhaともwaとも読ませてよいことになっています。

拡大1968年有馬記念優勝時の紙面=12月23日付朝刊13面
 促音「ッ」と拗音(ようおん)「ャ」「ュ」「ョ」は、1968年から使えるようになりました。過渡期に活躍した馬に、リュウズキがいます。当時の記事を見比べて下さい。67年皐月賞に勝ったときはまだ小さい文字が使えなかったため「リユウズキ」となっていますが、68年有馬記念勝利時は「リュウズキ」と表記されたことがわかります。

 中央競馬では現在「馬名意味」を登録することになっていますが、字数の制限からか説明不足になってしまうこともあります。たとえば先月の皐月賞で3着に入ったコディーノは「弁髪(伊)。有名サッカー選手の愛称」と登録されています。サッカーに明るくない人には誰のことかわからないでしょう。これは長い後ろ髪がトレードマークだったロベルト・バッジョからきています。イタリア語の「しっぽ」codaに、「小」を意味する接尾辞-inoが付いたのがCodinoで、バッジョの愛称です。

 ◇「金銀細工師」を破った「貴婦人」

拡大2012年ジャパンカップでオルフェーヴル(左)を破ったジェンティルドンナ=11月25日、長島一浩撮影
 こうした馬名の由来を、雑学をまじえて解説している人がいます。中央競馬会(JRA)が発行する雑誌「優駿」に「馬名プロファイラーの日記帳」というコラムを書いている、英文学者の柳瀬尚紀氏です。競馬場で配られる「レーシングプログラム」でも、「馬名プロファイル」を執筆しています。

 昨年、世界最高峰と言われるフランスの凱旋門賞で惜しくも2着に終わったオルフェーヴルなら、「フランス語オルフェーヴルOrfèvreは金銀細工師。わが国では錺職(かざりしょく)といい、刮(きさぎ)という刀具を用いた。切れ味鋭い末脚が刮目(かつもく)に値する」。そのオルフェーヴルを3歳牝馬ながらジャパンカップで下したジェンティルドンナは「イタリア語ジェンティルドンナGentildonnaは貴婦人。ダ・ヴィンチ、ボッティチェリ、カラヴァッジョ、ベルニーニなどイタリアの巨匠たちは貴婦人を描いた。名画になりうる競馬は必然」といったぐあい。名前のいわれを知ると、馬がより個性的に見えてくる気がしませんか?

 26日は競馬の祭典・日本ダービー。馬券師はああでもないこうでもないと頭を悩ませている時期だと思います。しかし、馬券を買うだけが競馬の楽しみではありません。競馬をよく知らない人も、名前を見てピンときた一頭を応援してみてください。最後の直線に入ってその馬の名前を叫んだとき、きっとあなたは競馬のとりこになっているはずです。

(森本類)