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ことば談話室

大江戸線 リニアモーターのひみつ

菅井 保宏

 「子どものころに見た図鑑には、21世紀の乗りものとしてリニアモーターカーが描かれていたけれど、まだまだですね」
 先輩とそんな話をしながら会社を後にした時のことです。
 「ねえ。君はこの大江戸線がリニアモーターで動いていることを知らないのか」

 リニアモーターということばで、みなさんはどういったものを思い浮かべるでしょうか。夢の実現がいよいよせまっているリニア中央新幹線をイメージする人が多いかもしれません。たしか、車体が10センチほど浮上するはずです。ここでいうリニアは「直線の」といった意味なので、リニアモーターを平たく言えば、直線モーターとなるでしょうか。リニアモーターを採用したエレベーターもありますし、身近なところでは、うちにあった電動シェーバーがリニアモーター方式でした。モーターは回転せず、直線的に行ったり来たりを繰り返します。

 さて、朝日新聞東京本社のすぐ近くには、東京都営地下鉄の大江戸線が走っています。まさか、レールの上で電車が直線状に行ったり来たりを繰り返すからリニアだ、なんて担がれたわけではないと思いますが、この電車、ほんとうにリニアモーターで動いているのでしょうか。

 都営大江戸線は、東京都心部をめぐる40.7キロの地下鉄です。車輪がゴロゴロと音を立てて走る、見た目はごくふつうの電車です。浮上はしません。1991年に開業し、2000年に全線開通しました。

1拡大2012年2月から走っている都営地下鉄大江戸線の新型車両は、わずか16両のレアアイテムです=東京都練馬区の光が丘駅

 ●千早フラワー公園に試作車両が

2拡大大江戸線の試作車両。2両が保存されています=豊島区の千早フラワー公園
 まずさいしょに大江戸線の車両をじっくりと観察してみましょう。訪れたのは、豊島区の千早フラワー公園です。試作車両が展示されています。
 住宅街の一画にある公園には、小さな子どもたちと、見守るママ、談笑するおじさんたちの姿がその日もありました。その片隅に、見慣れた色合いのラインが入った車両が置かれていました。
 車両のドアは開いていて、子どもたちがつり革にぶら下がって自在に遊んでいます。ふだんの電車ではこんなことはできませんから、子どもたちの目の輝きが違います。懐かしさを覚える木製のベンチシートに腰掛けて小休憩。さて、車両点検と参りましょう。

 立て看板の説明を読むと、どうやらこれはリニアモーターで動くしくみのようです。二つのことが分かりました。2本のレールの間には、リアクションプレートという名前の金属板が延々と張ってあること。それから、車両の下側にリニアモーターがついているということ。
 ここの車両は展示してあるだけで動きません。リアクションプレートは本物ではなく、コンクリートが打ってありました。
 リニアモーターは、どれでしょうか。腹ばいになって、それらしきものを探します。あった、ありました。おそらくこれに違いありません。車両は二つの台車の上に載っており、その台車の下にリニアモーターがへばりついていました。

3拡大試作車両のリニアモーター=千早フラワー公園

 ●コイルモーター

 リニアモーターにはおそらく、電気をつかった磁石(電磁石)が関係しているに違いありません。考えていたら、小学生の長男が、昨年つくったというコイルモーターをもってきました。エナメル線を巻いたコイル、クリップ、永久磁石を組み合わせた簡単なモーターです。くるくると回しながら、「たのしい理科 5年」(大日本図書)をぱらぱらとめくります。

 「電磁石は、今から200年くらい前に、世界ではじめてウィリアム・スタージャンというイギリスの学者が作りました」。ゆとり教育が終わったためなのか、教科書には意外と難しいことが書かれています。さらに、「流れる電流が磁石のはたらきを生み出す」とありました。なるほど、電気が流れると磁石のはたらきが生まれ、それが永久磁石と反発することで、コイルがくるくると回るわけですね。
 ところで、大江戸線のリニアモーターはどうやって動くのでしょうか。

4拡大コイルモーター。これはクリップモーターとも呼ばれています

 ●アラゴの円板

 千代田区北の丸公園にある科学技術館は、でっかいしゃぼん玉に体ごと入ったり、滑車を使って軽自動車を持ち上げたり、訪れた子どもには鮮やかな印象を残します。3階にはその名もモーターズワールドがあります。ここへ相談をしてみました。

 「大江戸線のリニアモーターですが、どのような仕組みで動いているのでしょうか」
 「それは、アラゴの円板から説明することができます」
 「初めて聞きました。アラゴの、円板ですか?」
 「簡単に実験できますから、ご自宅で試されてみてはいかがでしょう」

 用意したのは、アルミでできている1円玉、アルミホイル、強力な永久磁石。まず、1円玉を丸く敷き詰めてアルミホイルでくるみ、円板をつくります。このアルミの円板を、そっと水に浮かべます。みなさんもご承知の通り、アルミは磁石にはくっつきません。さて、上方から磁石を近づけて、ぐるぐると円を描きます。すると、あら不思議! 磁石の影響を受けないはずのアルミの円板が、ぐるぐると回り始めるではありませんか。

 これが、アラゴの円板の実験です。フランスの科学者アラゴは、1824年、銅の円板が磁石の動きにつられて回り出すことを発見し、当時の多くの科学者が首をかしげることとなりました。銅もアルミも、磁石にくっつかない性質は同じで、これが大江戸線のリニアモーターの原理と同じというのですが……。

5拡大アラゴの円板の実験。回り始めたときは本当にびっくりしました

 ●東京都交通局で尋ねる

 都庁にある東京都交通局で話を聞きました。丁寧に説明をしてくれたのは、車両電気部車両課の清水信吾さん(39)。ふだんは車両の技術の管理などをされているそうです。

 「アラゴの円板と同じ理屈で、大江戸線が動いていると聞いたのですが」
 「はい。そう言ってよいと思います」
 「詳しく教えてください」
 「レールの間に敷いているリアクションプレートというのは、銅、もしくはアルミの板です。銅のほうが性能は高いのですが、お値段の方も高いので、それほど電車を動かす必要のない車両基地ではアルミの方を使っています。駅などは銅です」
 「アラゴの円板と同じ材料ですね。では、磁石は?」
 「電車の下についているリニアモーター。これが、強力な磁力を発生させます」
 「どういうことですか」
 「リニアモーターと呼んでいる箱には、100個のコイルが巻かれています。電気を流すと、磁力が発生します」

6拡大2本のレールの間にリアクションプレートが走っています=光が丘駅

 なるほど。読めてきました。アルミの円板にあたるのがリアクションプレートで、磁石にあたるのが、電車下のリニアモーター。磁石(リニアモーター)を動かすことで、それにつられてアルミの円板(リアクションプレート)が動き出す……。いや、リアクションプレートはレールの間にガッチリと固定されているため、反対に電車の方が動き出す、ということのようです。

 「磁石を動かすのに相当するしくみは?」
 「リニアモーターの中にあるたくさんのコイルへ流す電気のプラスとマイナスを順番に切り替えていくことで、S極とN極を順々に反転させていきます。これをスムーズに行うことで、あたかも磁石が移動していくような連続的な変化を起こします」
 「さぞかし強い磁石だと思いますが」
 「S極とN極の切り替えは1秒間に0~50回。1100ボルトの電圧が、強力な推進力を生み出しています」

 ●リニアは浮くとは限らない

 大江戸線がリニアモーターで動いていることがはっきりと分かりました。このことを、これまた大江戸線をよく利用する別の先輩に伝えてみました。

 「えっ、そうなんだ……。じゃあ、あれは浮いているの?」

 子どものころに見た図鑑のせいかどうかは分かりませんが、多くの人の頭のなかに、リニア=浮かぶもの、といった図式があるように思います。しかし、リニアは単に「直線の」という意味にすぎません。浮かぶかそうでないかは無関係です。
 浮かぶ方のリニアは、「浮上式リニア」と呼ばれています。過去の朝日紙面を探したら、こんな記事が見つかりました。「中国の上海リニアは世界初の実用線として2002年末から運転を始めた」。しかし、これでは不正確です。なぜなら、我らがリニア地下鉄大江戸線は、それより前の1991年の開業ですから。上海の世界初を言う時は、「浮上式リニア」としなくてはなりません。

 リニアという言葉に未来を感じさせる浮揚感があるのは確かですが、世の中には浮かばないリニアも存在します。浮かばない大江戸線などは、「鉄輪式リニア」と呼ばれています。

 ●リニア車両のメリット

 ところで、大江戸線がふつうの回転式モーターではなく、リニアモーターを採用した理由は何だったのでしょうか。引き続き、清水さんに聞きました。

 「経済的な理由が大きいのです。回転式モーターの車両は、ギアボックスを積むため、車両が大きくなります。リニアだと薄型のリニアモーターをつり下げるだけで済み、車両をコンパクトにできます。トンネルも小さくできます。回転式モーターの都営新宿線と比べて、大江戸線のトンネルの断面積は約半分です。割安な工費でトンネルを掘ることができます」
 「リニアの特長には、急勾配を上れること、急カーブを曲がれることが挙げられます。これも工費を安くすることにつながります。民有地の下に路線を通せば、土地の取得にお金がかかりますが、道路の下ならかかりません。できるだけ民有地にかからないよう、道路に沿って急カーブでも曲がれるリニアが都合よかったのです」
 「さらに、大江戸線が新しい路線だという事情があります。他路線のさらに下に駅をつくらねばなりません。深いところから浅いところまで大江戸線は上り下りしますが、これは急勾配に強いリニアモーターの特性を生かしています」

7拡大大江戸線はトンネルも車両もコンパクトにできています=光が丘駅

 車両課の清水さんから見て、リニア大江戸線のメリットは何でしょう?
 「ギアがないことですね。ギアは摩耗するので定期的な点検が必要ですが、大江戸線にギアはありませんから」

 話を伺ってみたところ、都市部においてはリニアモーターが理にかなっているということになりそうです。ということは、他の都市でも?

 社団法人の日本地下鉄協会によると、同じしくみのリニア地下鉄は、日本各地を走っているとのことでした。1990年に日本で最初のリニア地下鉄が大阪市の市営鶴見緑地線で走り始め、91年に大江戸線、2001年に神戸市営海岸線、05年に福岡市営七隈線、06年に大阪市営今里筋線、08年に横浜市営グリーンラインでそれぞれ走り出しました。
 現在は、仙台市の市営東西線が建設中です。市交通局に尋ねたところ、工費が安くなること、沿線にある青葉山を上り下りできること、また、各都市での実績があることから「リニア以外の選択肢はなかった」。震災により工期は多少ずれましたが、計画通り、15年度開業の予定だそうです。

 ●琥珀がエレキに

 さて、中国には、「琥珀(こはく)ちりを吸うもけがれを吸わず、磁石針を吸うも曲を吸わず」という言い回しがあるそうです。琥珀というのは、松ヤニなどの樹脂が化石になったもの。現代でも、プラスチックなどの樹脂が静電気によってホコリを吸い寄せてしまうことは日常的に経験されることです。電気は英語でエレキといいますが、おもしろいのはこのエレキ。古代ギリシャ語では、琥珀を意味していたようです。

 さらに、磁石という言葉。中国の古い書物には、「慈石」についてこんな説明をしているものがあるそうです。「慈石は鉄を取ること、慈母の子を招くがごとし。故に名づく」。鉄を吸い寄せるさまは、まるで母が子を慈しむかのよう。ここから名前がついた慈石が、のちに磁石になったという語源説です。もっとも、これに対して漢字学者の白川静は「俗説であろう」と著書の中で一蹴しています。一方、中国には慈州という地名がありました。鉄を吸い寄せる不思議な石(磁鉄鉱)がたくさんとれ、これを慈石と呼んだ――こんな説もあります。
 英語ではマグネットです。こちらはギリシャ時代の磁鉄鉱の産地、マグネシア地方から来ているそうです。

 ●ひと晩中寝らんなくなっちゃう

 「でも、都営大江戸線は実にあれは不思議な電車ですね。すべてが地下で完結していて、地上には一度も顔を出さないんですよ。一番はじめの電車をいったいどっから入れたのか。あなた、そういうこと真剣に考えたことない? わたしは考え出すとひと晩中寝らんなくなっちゃう……」
 大好きだった春日三球・照代の地下鉄漫才を思い出し、最後に清水さんに聞いてみました。
 「車両基地に搬入口という四角い穴が開いていて、そこからクレーンで降ろしていくんです。江東区の木場車庫と、練馬区の高松車庫にあります」
 ありがとうございました。これでようやく寝られます。

 (菅井保宏)