メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

ことば談話室

にび色の空の下で ~東西で異なる「入梅」の語釈~


 過日、仕事をしていて、梅雨入りを報じる記事を校閲したことがあった。
 
 その記事の中に「平年より小雨になると見られている」というフレーズが出てきた。ここでは、梅雨の期間の雨量の問題が記されているので、小降りの雨である「小雨(こさめ/しょうう)」ではなく、少ない雨の「少雨(しょうう)」であろうと判断して指摘を送ったところ、記事はそのように直された。
 
 「少雨」ということばは「広辞苑 第6版」(岩波書店)や「日本国語大辞典(日国) 第2版」(小学館)には、なぜか見出し語として立項されてはいないのだが、気象上の用語としては普通に使われているはずである。今年は、6月5日に気象庁が「東・西日本の少雨に関する全般気象情報 第1号」を出していたりもする。他方、「小雨(しょうう)」の方は「広辞苑」でも「日国」でも見出し語となっている。

 日本気象学会編の「気象科学事典」(東京書籍、1998)では、少雨を「数週間あるいは数か月など、ある期間にわたって降水量の少ない状態が続くこと」と解説している。おおむね「半旬降水量(5日ごとの降水量)が平年の50%程度以下の状態が15日~20日以上続く場合」に気象庁は、少雨に関する気象情報を発して関係各方面の注意を喚起するそうである。

 また、「大辞林 第3版」(三省堂)には少雨の項目がある。語釈は、「雨量が少ないこと」とあっさりしたものである。なお、反対語にあたる「多雨」は、「広辞苑」でも「日国」でも立項されている。

 さて、梅雨入りといえば、大学進学で上京して驚いたことがある。

 それは、梅雨のことを「にゅうばい」と呼ぶ人々、おとながいたことである。「にゅうばい」は、わたしの頭のなかでは「入梅」で、つまり「梅雨入り」のことであって「梅雨」そのもののことを指すことばではなかったからだ。同年輩で「にゅうばい」を梅雨そのものの意味で使っていた人に出会った記憶はない。そのような言い方をする人々は、自分と近い年齢ではなく、仰ぎ見るべきおとなの年齢の方々だった。

 上京してすぐにお会いしたのではなく、わたしが、一応は社会人になってから見知った方ではあるが、東京・銀座のコリドー街にあったバー「クール」の古川緑郎さんも、そのお一人であった。もちろん、ずっと「おとな」な年齢の方だった。古川さんには「にゅうばい」ばかりではなく、ほかにも記憶に残っている言葉遣いがある。古川さんは会話のなかで、「天ぷら」と「精進揚げ」とを区別される方だった。古川さんにとって天ぷらとは、魚介をタネとしているものを言うのであって、「野菜の天ぷら」などというものは存在しないようだった。

 松永一枝編「東京弁辞典」(東京堂出版、2004)には「入梅」の項目がある。そこには「つゆに入ることだが、東京では『つゆ(の雨)』をいう」と説明がある。そのうえで、鏑木清方や谷崎潤一郎の筆による文章の用例を載せている。

 また、NHK放送文化研究所のサイトには「最近気になる放送用語」というコーナーがあり、「『梅雨入り』(つゆいり)と『入梅』(にゅうばい)」という題で取り上げられている(筆者は豊島秀雄)。ここでは、「なお東京を含めた東日本各地では、梅雨の時期そのものを『ニューバイ』と言い表してきたことがありました。いっぽう関西では伝統的に『ツユ』を用いてきたようです。現在の共通語としては、東京の『ニューバイ』ではなく、もともとは関西のことばであった『ツユ』が広く用いられています」という記述がなされている。

 つまり、梅雨の時期を「つゆ」と呼ばずに「にゅうばい」と呼ぶのは、東京の古い言い方らしい。

 試みに、いくつかの辞書で「入梅」をひいてみた。

 辞書は共通語ベースで編まれるものなので当然のことながら、梅雨入りの意味だとする説明が主になる。ただし、従として、例えば「広辞苑」は「俗に、『梅雨の季節』の意にも用いる」と俗用だと断って紹介している。同様に「日国」も「俗に梅雨と同義に用いられてもいる」とする。ほかに「現代国語例解辞典 第4版」(小学館)や「集英社国語辞典 第3版」、「明鏡国語辞典 第2版」(大修館書店)、「学研国語大辞典 第2版」などが、俗用としてこの用法を記載している。

 なお余談にわたるが、「広辞苑」は第3版以降、現行の第6版に至るまでの語釈のなかでは「つゆいり」としているが、第2版補訂版では「ついり」となっていた。この「ついり」は「つゆいり」の転であり、室町時代の辞書「伊京集」にも採録されている古い古い言い方である。「古語大辞典」(小学館)には「《「つゆいり」の約》入梅。また、つゆ。梅雨」とある。このあたりをいかにも「広辞苑」の語釈らしい高踏なところ、と見るのは、むしろ意地が悪いだろうか。

 一方、「大辞林」は「梅雨期を表す、東日本での言い方」と記述して、どこで使われていることばであるかを示している。「三省堂国語辞典 第6版」は「〔東日本で〕つゆ。梅雨(バイウ)期」とあり、同じ版元の「新明解国語辞典 第7版」では、「〔東北から中部までの方言〕つゆの季節」とする。これらによれば、かつては、広く東日本に梅雨の時期を「にゅうばい」と呼ぶ地域があったようである。

 そこで、「日本方言大辞典」(小学館、1989)を見てみる。1733ページに地図「129 つゆ(梅雨)」が掲載されている。それによれば、東北から中部にかけて「ニューバイ、ニーバイ」の印がついている。ただし、日本海側の富山以西では、別の言い方をするように見て取れる。

 また、佐藤亮一編「都道府県別全国方言小事典」(三省堂、2002)によれば、「にゅーばい」の分布域は、北海道、青森、岩手、宮城、秋田、山形、福島、茨城、栃木、群馬、埼玉、千葉、東京、神奈川、新潟、長野、山梨、静岡、岐阜、愛知の都道県である。ここで、北海道の分布は、ほぼ移入と断じていいと思われる。
 
 やはり、「にゅうばい」の地域は東北から中部にかけての、広い意味での東日本だということになりそうだ。

 三省堂の「言語学大辞典」(1989)の「日本語」の項目に方言の語彙(ごい)に触れた節がある。そこでは「ある意味内容にどのような語形が対応しているか」の分布パターンをいくつか挙げている。いわく、〈1〉東西型、〈2〉同心円型(周圏型)、〈3〉交互型、〈4〉南北型、〈5〉一地方型、〈6〉各地型、〈7〉錯綜ないし併用型、だという。梅雨はこのうち、「東がニューバイ、西がツユ、サズイ、ナガシ」の東西型に該当する。東西型は、比較的基礎語彙的なものに多く見られ、古代からの東西二大文化の対立を物語るものだとのこと。境界は、富山、岐阜、愛知の東境または富山、滋賀、三重の東境という場合が多いそうだ。

 「日本方言大辞典」の地図とあわせて考えると、「にゅうばい」は典型的な「東のことば」だと見なされるだろう。

 徳川宗賢著「日本の方言地図」(中公新書、1979)では、「ツユは現在、明らかに標準語形となっている。すなわち、西日本系の語形が標準語として採用されたのである」といい、「関東ないし東京における方言レベルでの使用語形はニューバイであった」と書いている。この本では、ツユが「標準語形」になった理由を次のように推測している。ニューバイは入梅の字音読みであり、もともとは梅雨入りのことだった。後に梅雨そのものの総称となったものの、根底には「ニューバイは梅雨入りのことだ」という意識が残っていたのではないか。そこで、「過去の中央のことばであるツユがそのまま標準語の位置にすわることになったのであろう」と。

 にび色の空の名前にも、いろいろな歴史があるようだ。
(宮田彰彦)

*辞書の版表示は煩雑なので初出に限った。特に記したもの以外は初出と同じ版である
*辞書の版表示は洋数字に統一した
*辞書類は出来るだけ最新の版次のものを参照するようにつとめたが、必ずしもそうなっていないものもある