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ことば談話室

患者の方言、医師はどう理解

佐藤 司


 方言について青森・津軽の伝説的な笑い話を一つ。「のたばる」(腹ばいになる)と「くたばる」(死ぬ)という二つの言葉を取り違えた新任の医師が、覚えたての津軽弁をさっそく使おうと、診察を受けに来た患者に親しみを込めたつもりで……
 「診察ベッドに くたばりへ(死んでください)」と言ったところ、「死にたくないから病院に来たのに」と怒って帰ってしまった、とか。
 一字違いで縁起でもない言葉になってしまったようです。しかし、生まれながらに津軽弁を聞く環境になかった、医師や看護師にとって同じような失敗談があったとしてもご愛敬でしょうか。

 地方で医療にかかわる人たちは、方言が診察に重要な役割を果たすと考えているようです。方言で話せば患者の心をほぐす効果が期待され、方言を聞き取れなければ患者の心の声は聞こえてこないようです。
 2011年3月の東日本大震災で東北の岩手、宮城、福島の沿岸部を中心に、全国から医師・看護師らの医療チームが駆け付けました。この地域の方言は、それぞれに特徴があると言われています。医療チームのメンバーには、方言に戸惑いや混乱はなかったのでしょうか。

被災地で診療にあたる医療チーム=2011年4月、辻外記子撮影拡大被災地で診療にあたる医療チーム=2011年4月、辻外記子撮影

 ◇医療チームが誤解した言葉

 東北3県の医療機関では、全体の約8割の300病院が被害をうけ、うち11病院が全壊。約2割の1174診療所が被害をうけ、うち167診療所が全壊しました。3県と茨城の病院などで支援や救護にあたった医療チームの隊員は、7月中旬までの約4カ月間で延べ約1万3千人に上ったと言われています(厚生労働白書11年版)。

 派遣された医師や看護師に被災地での患者との対話について尋ねると……
 「お互いにコミュニケーションをとろうとするため不便は感じなかった」(京都の医師)、「(患者が話す)相手によって(方言と)標準語を使い分けられる人が多いと感じた」(沖縄の医師)など意思疎通に問題はなかったと言います。被災地の方言で話されても「聞き返したり身ぶりを交えたりして分かるように努めた」(長崎の看護師)や「文脈や動作で分かった」(東京の医師)など、多くの医師や看護師は特に困ることはなかったそうです。
 中には「分からない言い方があった」と話す医師らも少なからずいます。まずは横浜市の医師・伊巻尚平さんのチーム。派遣先の宮城県気仙沼市で聞いた「こわい」という言い方を、「怖い」と取ったスタッフがいたそうです。栃木出身の伊巻さんは「疲れてきつい」という意味を知っていました。
 さらに「わがんね」という言い方。出身が東北に近い伊巻さん自身も知らずに「わからない」意味にとってしまったそうです。パンフレット「支援者のための気仙沼方言入門」(東北大学作成)には「だめだ」という意味で、「寒ぐでワガンネ」(寒くてだめだ/寒くて仕方ない)と使うのだとあります。のちにパンフレットを見てから、伊巻さんは本当の意味を理解したと言います。

 ◇「頭痛?」問診したら打ち身

 次は福島県南相馬市の病院を拠点に支援していた際、耳にした「頭をいたくして調子が悪い」という表現。現在は千葉県の病院に勤務する医師・澤田桐子さんが、仮設住宅や周辺の住宅への往診で被災者の一人から聞いたそうです。
 「いたくする」は、「(頭・心を)いためる」のような精神的な苦痛を表す言い方に近いのかと思い、最初は片頭痛のような頭痛の症状があるのかと考えました。しかし、よく聴いてみると「頭を打った」ことだと分かりました。同行の訪問看護師に確認したら、「いたくする」は外傷のことだと教えられたと言います。
 方言研究者で福島市の小学校教諭・小林初夫さんによると、「いたくする」は「けがをする・負傷する」ことで、「釘 ふんづげで 足いだぐした」(釘を踏みつけて足にけがをした)というように使います。この方言は、初めて聞く人には理解しにくい表現です。ちなみに、頭痛は「頭(あだま)いでー」となります。

 ◇「痛む」と「病む」の違いは?

 「痛い」をめぐる言い方では、青森でこんなやりとりが医師と患者との間でありました。現在は故郷の茨城で整形外科医院を開業する小松満さんが駆け出し時代を振り返って話します。青森の大学を卒業後、県内の病院で診察を始めたばかりのころ……
 「どこが痛いんですか」と聞くと、患者は「いだぐね。やむんだ」。「だから痛いんでしょ」と再び聞くと「いだぐね。やむんだ」と繰り返すばかり。
 「痛い」は「物にぶつけたときに痛む」状態を、「病む」は「体の中からじわじわと痛む」状態を表すそうです。この二つの痛みの違いを理解したのは、医師になってから3年ほどたったころでしょうか、と津軽弁に苦労したころを思い出します。茨城に帰った今では、カルテに「痛む」と「病む」を、患者の症状に応じて使い分けて書いているそうです。

 青森の地元の人は、子どもがうずくまっていたら「イデノガ? ヤムノガ? ドッチャ?」(ぶつけて痛いの? それともおなかが痛いの? どっち?)と声をかけるそうです。青森県弘前市で10代の大半を過ごし、言語学が専門の八木橋宏勇(ひろとし)杏林大(東京)准教授は、使い分けている背景をこう推測します。「病む」は内部から生じる痛みを表す場合に一般によく使われます。そのため、「痛む」は(内部の痛みを除いた)外部からの衝撃で起きる痛みに限定されたのではないでしょうか、と。

 同じ東北で隣り合う宮城と岩手であっても、言葉の意味を取り違えるケースがあります。現在は岩手県釜石市の診療所に勤務する仙台出身の医師・八島良幸さん。初めて宮古市(釜石の北側)の病院に勤務していたころの話です。病室に入ると患者が話しかけてきました。
 「先生、今日の給食(病院食) あめてる みてー だった」
 「そんなに甘かったの?」と答えたら、病室は大爆笑。部屋を後にして看護師に聞くと、「先生、『あめてる』っていうのは、食べ物が傷み始めて、味が酸っぱくなりかけることなんですよ」。

 方言は、その土地で暮らす人たちの生の言葉です。方言を標準語に置き換えて話しても、心のひだまで十分に伝え切ることができず、もどかしさだけが残ります。たとえ方言でしか話せない患者がいたとしても、医師と患者のコミュニケーションは、全国から支援に入った医療チームのメンバーも答えているように、お互いが心を込めた対話を繰り返せば、徐々に分かり合えるようになるのではないでしょうか。

《医療チームのメンバーが分からなかった主な表現》

 岩手県釜石市・大船渡市   「にやにやする」(腹の不快感)、「けんぺきがはる」(肩が凝る)、
 「いずい」(何ともいえない不快感)、「へんしょく」(食べたものをもどす) 
 宮城県気仙沼市・南三陸町   「ひてこび」(額)、「おどげ」(あご)、「けえな」(腕)、「あぐど」(かかと)
 福島県相馬市  「さすけね」(大丈夫)、「かがらし」(体の違和感や不快感で気になる)、
 「ごせやける」(腹が立つ)



(佐藤司)