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ことば談話室

「恩賜」の……葉巻?

上田 孝嗣


 朝日新聞東京本社のそばにある浜離宮庭園。たまに歩くのですが気持ちのよい場所です。正式名は「浜離宮恩賜(おんし)庭園」。そういえば、上野公園や井の頭公園も正式には「恩賜公園」。ことばマガジンの別コラムのために朝日新聞の明治・大正期の紙面を調べていると、軍刀・銀時計など「恩賜の……」をみかけます。年配の方にもなじみが深いのは、戦前から2006(平成18)年末まであった「菊の御紋入り」のたばこでしょうか。軍歌に歌われていた「恩賜のたばこ」は知っていますが、実は戦前から菊花紋入りの葉巻もあったらしいのです。どんなものなのでしょうか?

あ拡大十六八重表菊の御紋入りのリングが付いた葉巻=平井一生撮影
 恩賜とは主君から賜るという意味ですが、日本では天皇から下賜される物や公園などで使われます。軍刀や銀時計は、戦前・戦中の旧軍関係の学校や帝国大学などの成績優秀な卒業者に授与されました。戦後、恩賜賞など一部を除き正式な呼称としては使われていません。たばこは日本専売公社(現日本たばこ産業=JT)が「特製たばこ(JTでの呼称)」を宮内庁に納めていました。天皇、皇后両陛下の地方訪問の際や皇居などの清掃奉仕活動の関係者への下賜、受勲者や園遊会出席者、来賓に贈られてきました。もちろん市販されていません。上野公園は1924(大正13)年、昭和天皇御成婚記念として不忍池とともに旧東京市に下賜されています。
 葉巻について説明しておきます。簡単に言えば、栽培後に発酵・熟成させたタバコ葉数枚のみを使い筒状に巻いて糊付けしたものが葉巻です。機械巻きの葉巻もありますが、専門の職人(トルセドール)が1本1本丁寧に手巻きした高級葉巻(プレミアムシガー)は国内価格で1本千~数千円するものがあります。
 葉巻は吸い口側をタバコ葉で封をしている状態なので吸う場合、吸い口側を専用ハサミやカッターで切り落として着火します。笑い話ではありませんが、伊藤博文・初代首相も参加していた宮中晩餐会で、葉巻が出された際、参加者から「煙が出ない」ひどいたばこだと苦情が続出したそうです。担当者が調べても葉巻におかしなところはなかったそうで、吸い口をカットしていなかったためと思われます。

 ◇政治の舞台裏で

 たばこの害について説明の必要はないと思いますが、嗜好(しこう)品として葉巻に魅力を感じる人々がいます。口ひげに葉巻で印象的なフィデル・カストロ前キューバ国家評議会議長や革命家チェ・ゲバラが有名でしょう。そのキューバに1962(昭和37)年、現在も続く全面禁輸を実施したジョン・F・ケネディ第35代アメリカ合衆国大統領も愛好家の一人です。ケネディ大統領の報道官を務めたピエール・サリンジャー氏(1925~2004)が米葉巻専門誌「シガーアフィショナード」に寄稿した話があります。
 ある夕方、ケネディ大統領はホワイトハウスの執務室にサリンジャー報道官を呼んで「葉巻を山のように欲しい」といいます。「どのくらいですか?」と報道官が聞くと「明日の朝までに(キューバ産の)ペティ・アップマンを約1000本」と大統領。報道官は、たばこ店をかけ回り約1200本を購入します。翌朝、大統領に報道官が報告すると、大統領はニッコリと笑ってキューバ禁輸措置を実施する書類を取り出してサインしたといいます。
 第2次世界大戦時の英国首相ウィンストン・チャーチルは、大きいサイズの葉巻を好み、キューバ葉巻「ロメオ・イ・フリエタ」では長さ178ミリ、直径18.65ミリのものを「チャーチルサイズ」と呼んでいるほどです。葉巻を購入していたダンヒルの店がドイツ空軍の爆撃で被害にあった時、直ちに店から首相官邸に「あなたの葉巻は大丈夫です」と電話したという逸話が残っています(Min Ron Nee「An Illustrated Encyclopedia of Post-Revolution Havana Cigars」)。
 キューバ葉巻はその味わいが格別によいとされ、いまなお愛用されています。日本では、麻生太郎副総理兼財務相や祖父の吉田茂元首相が葉巻好きでよく知られています。作家の北方謙三氏、筒井康隆氏、馳星周氏もお好きなようです。ちなみにからだにいいのか、悪いのかよくわかりませんけれど、キューバのタバコ栽培は、無農薬・有機栽培による自然農法です。

 ◇特製葉巻たばこのはじまり

 さて、菊花の御紋のリングの付いた「特製葉巻たばこ(JT呼称)」ですが、1939(昭和14)年に製造が始まりました。皇室や宮家用または宮中晩餐会などの接待用です。写真の葉巻には十六八重表菊の御紋のリングがまかれています。タバコ葉は純国産の南部葉が使われています。25本入りで木箱の内側には向かい合う鳳凰(ほうおう)が描かれていました。

 特製葉巻の製造はもともと、大正天皇専用の葉巻を1917(大正6)年から製造したことによります。戦前の外交官で外務大臣も務めた石井菊二郎が、同年にアメリカ特命大使として渡米した際、キューバ葉巻を愛好する大正天皇に献上するため、わざわざキューバを訪問してハバナで特製品(の葉巻)を購入して献上しています。
 その献上品と同じ葉巻を吸っていた文豪がいます。旧陸軍の軍医総監も務めた森鴎外です。石井菊二郎は、特製品を複数購入していたようです。鵜崎熊吉著「伝記 青山胤通」などによると、友人で大隈重信の主治医や明治天皇の侍医を務めた青山胤通・東京帝国大学医科大学教授や、石井と姻戚関係にあった賀古鶴所にもハバナ直輸入の特製品が贈られています。青山、賀古ともに鴎外の友人です。賀古は鴎外と大学で共に医学を学び、鴎外の遺言の口述筆記までした生涯の親友でした。賀古から鴎外への手紙(同年5月5日付)には「拝啓 此程米国より帰来候者より所贈の煙草芳香新しく覚え候まヽ乍些少御わけ申上候試み下され度候 早々頓首」とあり、鴎外の手元にも葉巻が届けられています。

 ◇葉巻好きの鴎外

 「小京都」ともいわれる島根県の津和野。山陰の山間にある旧城下町は、鴎外の生地で、鴎外や森一族の墓があり、小説「舞姫」などにも登場します。鴎外の旧宅や記念館を訪問したことがあります。鴎外の兄弟・子どもたちから見ても、鴎外は大変な葉巻好きだったようです。もっともドイツ留学時代の日記には、葉巻の記述はなく、ロシア巻という紙巻きたばこを愛用していたといいます。それが帰国後、青山、賀古の両人からたびたびキューバ葉巻を贈られて愛用していたそうです。津和野は風光明媚(めいび)という言葉がよく似合う街で、津和野を流れる高津川の渓流は鮎が有名です。ミシュランガイドにも載った東京・新橋の鮎料理店の本店にあたる割烹旅館があります。初夏から夏にかけて、蓼酢(たでず)で食べる鮎の塩焼きとうるかで一献やり、炊きあがりの鮎飯のおいしさは格別です。

 ◇「正確には恩賜にあらず」

 たばこと塩の博物館の半田昌之学芸部長(58)に聞くと、大正天皇の葉巻は、東京工場で専属の職人が巻いていたといいます。貞明皇后用や宮家用の葉巻もあり、リングにある菊花の花弁の数でどなたの葉巻か、わかったといいます。皇后さまが吸ったという話はないので、何かの折にお配りになっていたようです。戦後、晩餐会・園遊会などで使われた「特製葉巻」は、制度として配布されていた「恩賜のたばこ」がよく知られているため、一目見た人は、菊花の御紋の葉巻を「恩賜の葉巻」と勘違いされるようです。ただ、贈答用として来賓や出席者に出されて、一般に配られることのなかった菊の御紋入りの葉巻は正確には「恩賜の葉巻」とは言い難いそうです。
 肝心の「特製葉巻」のお味ですが、葉巻に慣れた人に感想を聞いたところ「味うんぬんは不敬になるので」と難しい顔で吸っていました。2003(平成15)年に施行された健康増進法の流れもあり「特製たばこ」は06年末でなくなります。それと同時に「特製葉巻」も作られなくなります。現在はお菓子が配られています。宮内庁によるとお菓子は、白い箱に入った「御紋型和三盆砂糖菓子」。こちらも一般には売られていません。和三盆の柔らかな甘さと口の中でとろけていくまろやかな和菓子のようです。一度、食べてみたいものです。

(上田孝嗣)