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ことば談話室

「イクラ」は日本語? それとも外国語?

佐藤 司

 マグロ、イクラ、ウニ……潮風の香りも格別。外国船も停泊する北海道の港町・小樽のすし店。ロシア人のグループが、すしだねを前にロシア語で何やら話しています。その言葉のなかに「イクラ」と言ったのがちらっと聞こえてきました。

 「イクラも国際化したもんだ」と独り言を漏らすと、店の主人が「イクラは、もともとは魚の卵を表すロシア語なんですよ」と教えてくれました。これまで、イクラの語感から、まさか外来語と考えることもなく過ごしてきましたので、驚きました。

 日本では、サケやマスの成熟した卵を一粒ずつほぐしたものをイクラと呼び、未成熟で卵巣のまま袋に入った状態を筋子と呼んでそれぞれ区別しています。イクラの呼び名が全国的に知れ渡るようになった1960年ごろまでは「腹子(はらこ)」「ばらこ」、古くは「はららご」と言っていた、とすし職人さんたちは話します。
 一方、ロシアでは、日本のようにサケやマスの卵だけを特定するのではないそうです。「ロシア人から魚の卵はすべてイクラと教えられました」と東京・浅草の老舗の主人。先代の親方のころ、品書きに「イクラ」とあるのを見たロシア人の客から、日本人の通訳を通して説明を受けたそうです。
 同じ呼び名でも、国によって捉えている対象の範囲が違っているのが分かり、興味がわきます。日本固有の名前だと思い込んでいた身近な食材が、実は外国の言葉や外国を表す漢字に由来するケースがあります。そのような食材を探してみました――。

 ◇ねばねば野菜「オクラ」は英語

 最初に取り上げるのは、イクラと1字違いのことばのオクラです。濃い緑色で、輪切りにすると切り口が五角形のさや形の野菜です。お浸しにしたり、あえ物にしたり、汁物に入れたり……。ねばねば成分が消化を助け、日本料理でもおなじみの食材になっています。
 オクラも外国語が日本語になった呼び名ですが、もともと日本語だったかのように聞こえる珍しい外来語の一つです。こちらは英語からです。幕末から明治の初めにかけ、米国から日本に移入されたと一般的に伝えられています。和紙づくりの糊(のり)に使うトロロアオイ(別名・ネリ)と似た花が咲き、当初は移入国の名を冠して、アメリカネリと呼んで区別していたとか。
 「アメリカ」を冠してはあるものの、原産地はアフリカ大陸のようです。諸説あり特定はされていないようですが、アフリカ西部のガーナでは今も「オクロ」と言っている、と在日大使館は言います。アフリカから米国に渡ったオクラは、主に南部の家庭などでスープやシチューにとろみをつけるために、当時から使われていたそうです。

 ◇「ブドウ」 古里は中央アジア

 次は果物のブドウにしましょう。日本にはかなり昔、中国から伝わったとされます。
 「日本でいうブドウは、中国では『プータオ』と言います」。こう話すのは沖縄大学教授の王志英さん(中国語学)。中国でも日本と同じ「葡萄」の字ですが、読み方もまったく同じというわけにはいかないようです。
 時を一気にさかのぼり、紀元前2世紀ごろ。中国が前漢の時代、武帝の使者が派遣先からブドウを持ち帰ったと伝えられます。行った先はシルクロードの道筋にある中央アジアのフェルガナ地方――現在のウズベキスタン、タジキスタン、キルギスなどの国境が入り組んだ盆地にあたります。
 この地方では、ブドウを当時のペルシャ語の方言で「ブーダウ」と言っていた、と一説には紹介されています。これに「蒲桃」「蒲陶」などの漢字があてられ、これらは「実から酒が造られ、飲めば人を酔わす」という意味の説明が中国の書物にあり、いまは「葡萄」の字を使っている、と王さんは説明します。

 後に中国から日本に複数の漢字が伝わります。鎌倉期の文献に「フタウ」、江戸期に「ブドウ」と読みがふられ、現在の「葡萄(ぶどう)」にいたると、日本の辞典は記しています。ことばの歴史と渡来ルートをたどると、ブドウの呼び名は、中国語を通してのペルシャ語語源説がうかがわれます。
 使者がさらに持ち込んだ物も含め、当時の中国に入ったとされるのが、キュウリ、ゴマ、コショウ、クルミ……などなど。これらの食べ物に共通するものがありますが、何だと思いますか?
 日本の今の漢字で表すと、頭にはすべて「胡」の字がつきます。王さんによると、胡には異民族(由来)の意味があると言います。一般に外国を表すようです。

 ◇「明太子」 日韓合作の複合語

メンタイコ拡大「メンタイコ」は、ロシア語では「バラ色のイクラ」と言うそうです
 最後は、福岡・博多の名産、メンタイコで締めましょう。スケトウダラの卵巣を唐辛子を使って塩漬けにした食品です。
 この呼び名も和製の響きがありますが、味に辛みがあることから、韓国とのかかわりをにおわせます。歴史とルーツをたどった本をひもとくと――。
 日本のメンタイコは、やはり朝鮮半島で生まれたようです。スケトウダラを韓国語で「ミョンテ(明太)」、その卵を「ミョンラン(明卵)」と言うのだそうです。韓国では古くから塩や唐辛子で漬けた「ミョンランジョ(明卵漬)」として食べられていたと言われます。
 明治以降、韓国へ移住した日本人の間にも広まり、南東部の釜山と山口県の下関とを結ぶ関釜(かんぷ)連絡船の就航とともに日本国内にも多くもたらされるようになったようです。
 メンタイコは、ミョンテ(明太)の卵巣(子)を加工することから、「明太子」となったと言われます。明治末から大正初めにかけ、正式な名称とは別に、日韓の漁業者らがつけた商品名がいつの間にか定着したそうです。
 メンタイコは、韓国語由来を含んだことばと日本語との複合語ということになります。
 なぜ「明太」を「めんたい」と読むようになったのでしょう――。これについて、韓国語の歴史と方言に詳しい東大大学院教授の福井玲さんは、こう推測します。
 韓国で「明」は「ミョン」と言いますが、南部の方言で「メン」という言い方をすることがあります。また、昔から日本人は「ミョン」をエ段の母音「メン」で受け入れていました。「太」は現代では「テ」と言いますが、19世紀ごろまでは「タイ」と言っていました。このころまでの言い方を日本語に取り入れたと仮定すれば、「めんたい」と呼ぶようになった可能性もあります、と。
 古くはシルクロード、15~16世紀の大航海時代にはポルトガルなどから海上ルートで、明治以降には欧米などから多様な食材が日本へ押し寄せたと伝えられています。そのなかに、外国由来の名称と気づかずに食べてきた身近な食材が数多くあることを知りました。こうした異国の隠れた味を見つけ出すことができれば、日々の食卓の味わいもまた格別なものとなるでしょう。

(佐藤 司)